初めての魔法

 次の日の朝、拗ねて一切喋らなくなってしまったトアを肩に載せて悠真は家を出た。昨夜はそのまま夜も食べずに寝落ち(トアをゲージに入れたまま)してしまったので(二人とも)空腹だったのでひとまずどこかで朝飯を摂ってから学園に向かうことになった。


「そういえば今のお前って何食べるんだ? ウサギだから人参とかか?」

「………」


 相変わらずトアからの返事はない。一晩ゲージに閉じ込められたことが大変ご立腹だったらしい。朝起きてちゃんと謝ったのにも関わらずこんな感じだ。


「しょうがない。コンビニの人参でも買い込んでおくか」


 悠真がそう呟いた瞬間トアが肩から飛び上がった。その瞬間トアの体が光り輝き、光が消えたときにはそこには見覚えのあるプラチナブロンドの少女が立っていた。


「うん。まあ、こんな感じかな」


 プラチナブロンドの少女は感触を確かめるように手を閉じたり開いたりしている。


「お、おまえ! 元に戻れるんじゃねーか!!」


 あまりの衝撃のあまり悠真は大声を出してしまった。慌てて周囲を確認するが周りに誰の姿もなく、注目されているなんてこともない。

 それを終えると悠真はさらにまくしたてようとしたのだがトアに人差し指を突き出されて止められる。


「まあ、落ち着きなよ。悠真が言いたいことはわかるよ。戻れるなら自分で学校に通えっていうことでしょ? でもそれはできないんだ。あくまでこの姿は一時的ものだからね」


 トアが言うには悠真との間にできたパスを利用して悠真の魔力を使って人の姿を保っているのだそうだ。悠真が近くにいなければ戻れないし、燃費が悪くて長期的な利用は無理らしい。影響が出ない程度だと1時間が限度らしい。


「納得はしたが一つ聞かせろ。何で今人間に戻った?」


 そう聞くとトアは不機嫌そうに顔をしかめた。


「悠真が人参食わすとかいうからでしょ! 確かにウサギの姿じゃたいしたものは食えないけど。でもこの姿ならオールオッケー、ノープログレム。草食じゃなく雑食だからね。何だっていけるよ!」


 どれだけ人参嫌いなんだよ。1食も食わずにその選択はガチで嫌いじゃねーか。悠真はそう思ったが言わなかった。その代わりにスマホで朝食にちょうどいい店を検索する。


「人参料理を提供してる店は……」

「なんでだよ!!」


 さっきまでとはうって変わって騒がしくなったトアをなだめて1時間らしいのでぱぱっと店を決めて向かうことにした。

 結果トアの提案で「カメノコーヒー」で朝食をとることになった。広い地域に展開しているチェーン店なので悠真には特に異論はなかった。悠真だって人参料理を朝っぱらから食いたいなどとは思っていないのだ。


「そういえば聞いてなかったがどうしてウサギなんだ?」


 テーブルに朝食一式並んだところで悠真はトアに尋ねた。コーヒーに大量の砂糖を投入していたトアは顔をあげて首を傾げた。何の話? とでも言いたげだ。


「戻れなくなった理由だよ!」

「ん、ああ。そう言えば状況説明とか詳しくしてなかったけ? そっか、悠真が即答するから、し損ねたんだったね」


 トアはそう言っておいしそうにトーストを齧ってコーヒーを飲む。ちなみにトアの目の前に野菜は一切ない。


「そーだね。ボクがウサギになっているのは君の傷を治すのにあたってボクの魔力の大半を受け渡したのが原因だね。色々あって人間でいるのに魔力が必要だからね。魔力が回復するまではウサギのままってわけだよ」

「その魔力ってのは返せないのか?」

「なぜかわからないけど無理なんだよね。悠真との魔力の親和性が高いのかもしれない。ボク自身よりもね」


 それができたら悠真を学園に通わせようとしなかっただろうし。悠真的には魔法を学べる機会を失うことになるのでありがたい話ではある。


「そういえば魔法はいつ教えてくれるんだ?」

「ん、そうだね。丁度いいものがあるし軽く今やろっか」


 食事が終わったタイミングで悠真が切り出すとそう言ってトアは机の上に生徒手帳を置いた。いつの間に悠真の手元から抜き取っていたらしい。


「野牛島先生はこの手帳が導いてくれるって言ってたから調べてみたんだけどこれに魔法式が仕込まれてるみたいなんだよね。だから今回はこの魔法を悠真に発動してもらうよ」


 悠真は生徒手帳を見てみたが魔法式云々はよくわからなかった。普通の生徒手帳とどう違うのかさっぱりだ。


「魔法と言うのは願いや思い、こうなりたい、こうしたいというのを叶えるための力なんだ。だから思う力が重要なんだ。今回の場合は生徒手帳に手を置いて学園に行きたいと強く念じるといい。本来はもうちょっと色々やらなきゃいけないけど魔法式があるから省略」


 トアはそう説明すると生徒手帳に手を置いた。手を重ねろと無言の圧力をかけてきたので悠真はトアの手に自分の手を重ねた。


「それじゃあボクは手伝わないから悠真、やってみてよ」

「やってみろと言われてもな」


 正直悠真は魔法学園についてはよくわからないので想像しにくいのだが言われたとおりに念じてみる。魔法学園に行きたい、魔法学園に行きたい、魔法学園に行きたい。

 そう何度も心の中で唱えると生徒手帳が輝き始めた。その光は強さを増してトアを、そして悠真を飲み込んでいき、光が消えたときにはそこに誰の姿もなく、空になった皿やカップが残っているだけだった。

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