ウサギと魔法学園

 はっと目を開けるとそこは自室のベッドだった。反射的に腹部に触れたがぬるりとした感触もなければ痛みもない。服をめくってみてみたが傷跡一つなかった。

 さっきのは夢だったのだろうか。時計の針が指しているの見るに今は7時でカーテン越しに感じる光から今はPMではなくAMだということがわかる。こうなってくるとあの1日は全部夢だったとしか思えない。


「よかったよ。あのまま目を覚まさないかと思ったよ」


 突如としてそんな声が聞こえた。聞こえるはずのない声に悠真は飛び起きて周囲を見渡す。ウサギが一羽いるだけで人の姿はどこにもなかった。

 悠真はそう思ってはてと首を傾げる。


「ウサギ?」


 悠真はペットを飼っているなんてことはなくましてやウサギ何て部屋にいるはずがないのだ。悠真は思わずプラチナブロンドの毛並みを持つウサギを二度見してしまった。

 見間違いや寝ぼけているとかではなく間違いなくそこにウサギがいた。いったいどこから迷い込んだのか。悠真がそう思ったところで再び声が聞こえた。


「君は随分血を失っていたみたいだからね。どうにか助けることができてよかったよ」


 その声に連動するようにウサギがほっと息を吐いたように見えた。思わず悠真がじっと見つめているとウサギは首を傾げ、


「どうしたの? ボクの顔なんか見つめてさ」


 そう口にしたのだった。

「そういえばお互いに名前も名乗ってなかったね。ボクはトアって言うんだ」


 トアと名乗ったウサギは机の上に座っていた。悠真はベッドに座ってそれと向き合っているのだがこうして目の前で起こっていてもウサギが喋っているという事実はにわかに信じられなかったが事実は事実として受け止めるしかない。


「俺は狐台悠真だけど、お前は一体何なんだ? 魔法少女になってとか言いだしたりしないよな?」


 まあ、言うのはこんなリアルなウサギでもないしこっちの性別は男なのだが。そんなネタはこのウサギには通じなかったようでキョトンとした様子で首を傾げた。


「魔法少女? はよくわからないけどそうだね。ボクと契約して魔術師になって欲しいんだ」


 どこかで聞いたようなセリフをトアが口にした。聞き間違えかと思ったがトアは話の続きを口にする。


「実はとある学園に春から入学する予定だったんだけどこの姿だと難しそうなんだよね」

「え? それって兎の学校?」

「そんなわけないでしょ! ボクは人間なんだから!」


 そうしてトアは悠真に刺されたのは夢などではないことや悠真を助けるためにウサギの姿になってしまったことを話した。


「それじゃあお前、あの銀髪のマジシャンなのか?」


 確かに意識を失う前にその姿を見たような気はするがウサギになってしまったと言われてもにわかに信じられなかった。そう言うとトアは胸を張った。


「ほら、この毛色なんて髪の色と一緒でしょ? それに声も変わっていないでしょ?」

「そう言われればそうだけど……」


 ウサギが喋っている時点で不可思議な事態なのでこれも信じるしかないのだろう。そうしなければここから話が進まないだろうことは何となくわかった。


「それで学園と魔術師うんたらが何の関係があるんだ? さっぱりはなしがみえてこないんだが?」

「まあ、普通の人ならそう思うよね。実はボクが通う予定だったのは魔法学園なんだよ。悠真はそのままだと魔法は使えないでしょ? だからボクと契約してほしいという話なんだ」


 ウサギとは思えない饒舌振りだがトアが言っていることに一定の説得力があるのは確かだ。魔法の存在云々に目を瞑ればの話ではあるが。


「その口ぶりから俺に代わりに入学してくれということ何だろうがそれがまかり通るものなのか?」


 例えば悠真が魔法学園に通うことになったからと友人に通う予定だった高校に代わりに通ってくれと言って友人がOKを出したとしても高校側は許してくれないだろう。それがまかり通るなら受験なんてものが馬鹿らしくなってしまう。


「それなら大丈夫だよ。ボクの見た目を知ってるのは一人だけだからその人に事情を話して説得さえすれば問題はないから」


 トアは考えるそぶりもなくそう即答した。悠真はそういう問題なのかと思ったし、その人、おそらく教師であろう人物をせっとくできるものなのかと不安にも思った。


「交換条件、とはちょっと違うかもだけど受けてくれたら魔法をユウマに教えるよ。こんな機会早々ないと思うけどどうかな?」


 相手はウサギなので表情とかは全く読めないのだがなんとなくこちらに期待の眼差しを向けているというのはわかる。わかるのだがここで返す言葉なんて一つしかなかった。


「よし、その話乗ろうじゃないか!」


 コンマ一秒考えるまでもなく悠真はそう返した。

 こちらは命を助けられた身で命の恩人の願いを無下になどできるものだろうか。彼女がウサギになったのもこちらに原因があるともなればなおさらだ。

 魔術を使えるようになるかもしれないなんてのは二の次、いや参の次だ。あくまでこれは恩返しであり贖罪だ。


「ありがとう、悠真! 本当に助かるよ」


 トアはそう言って文字通り跳んで喜んだ。さすがはウサギで中々のジャンプ力だ。

 一頻り喜んだあとトアは真面目な様子で悠真に向き合った。


「そうと決まればさっさとすましちゃおう。悠真、手を出してもらってもいいかな?」

「ん、ああ」


 何も考えずに手を差し出した悠真だったがすぐその手に鋭い痛みが走り抜けた。あろうことかトアが悠真の手に噛みついたのだ。

 悠真が反射的に手を引くとトアはあっさりと口を離した。


「なにしやがるこのクソウサギ!!」

「まあまあ、そう怒らないでよ。さっき言った契約に必要なことなんだ。互いの血を体内に取り入れる必要があったんだ」


 悠真が手を伸ばすとさっとかわし、悪びれた様子もなくそう言うトアに渋々悠真は怒りの矛先を収める。それならそうと先に言えと言う話だが躊躇っていたことも考えれば良しとするしかない。


「……それじゃあ次はお前の血をってか?」

「それは大丈夫。君を助ける際にボクの血は飲んでもらったし、その際にあらかたの工程は終わってるからこれで契約は終了だよ」

「そう言われても何の実感もないんだが?」


 噛まれる前と噛まれた後でいったい何が変わったかと言われてもはっきり言うとわからない。いつの間にやら噛まれた傷もきれいさっぱり無くなっている。


「それはそうだよ。ユウマが目覚めた時点でもう魔力は君の方に移動していたからね。さっき行ったのはボクとユウマの間にパス、魔力的繋がりを作ったんだ。これでボクが使える魔法は使えるようになったはずだよ」


 使えるようになったからといってすぐには使えないだろうけど、とトアはそう締めくくった。

 どうやら今すぐに魔法の使い方を教えてくれる気は無いというらしい。


「実を言うと悠真にはできるだけ早くやってもりたいことがあるんだ。だから魔法についてはそれからにしてほしい」

「んん、それは構わないが何をしろって言うんだ?」

「さっきボクの見た目を知っている人が一人いるって言ったよね。その人に会ってもらいたいんだ」



 そうして悠真はトアに指定された廃ビルへとやってきた。連れてけと言われたのでゲージに入れて連れてきたのだが今は兎の振りをしているのか、すっかり黙り込んでいる。

 本来なら鍵がかかっていたりして入れないようになっているはずなのだが一階から普通に中に入ることができた。

 待ち合わせ場所となっているのは3階だそうでエレベーターは動いていなかったので階段を利用して3階へと向かう。

 他の階もそうだが3階もすっかりもぬけの殻でほとんど物は残ってなかったのでそこに人影があるのはすぐに気づいた。あれが待ち人なのだろう。

 そう思って近づくとふとその人影が消えた。そして気づけば悠真は床に転がされて腕を固められていた。


「貴様、何者だ? ここには公明の魔術師しか来ないはずなのだが」


 上からそんな声がしたがそれに答えようにも押さえつけられて声を出すことができない。このまま圧死させられるのかと思ったがそこで横から声がかかった。


「待ってよ、野牛島やごしま先生。彼は関係者なんだ。だから解放してあげてくれないか」

「む? この声はトアか?」


 悠真を押さえつけている人物は声の主が見えないことに訝しげにしながらも悠真を解放してくれて助け起こしてくれた。


「君は関係者と言ったがトアはどこにいる?」


 助け起こしてくれたのは黒髪ポニーテールの女性だった。凛とした雰囲気で明らかに悠真のことをまだ警戒しているようだ。

 ここは誤解を解かねばとゲージを野牛島先生に差し出した。野牛島先生はゲージの中の兎を見て顔をしかめたがトアが口を開くとはっとした顔をした。


「お久しぶりです、野牛島先生。わけあってこの姿で申し訳ないけどさ」


 そうしてトアによって野牛島先生に今までの経緯を説明された。聞き終えた野牛島先生はため息を吐いた。


「つまりは何だ。この男を「公明の魔術師」として入学させろということか?」

「そうです。ちなみにこの子は狐台悠真くん。覚えておいてね」


 トアに紹介を受けて悠真は軽く頭を下げる。野牛島先生はそれを受けて悠真の姿を頭の天辺から爪先まで一瞥して小さく頷いた。


「私は野牛島雪姫ゆきだ。当校には野牛島は複数いるからな。雪姫先生とでも呼んでくれ。そこのウサギは頑なにそう呼ばないがな」


 野牛島先生改めて雪姫先生の指摘を受けてトアは「ええへへ」と照れたように笑った。誰も褒めてはいないのだが、そんなツッコミはなく、そのまま悠真と雪姫先生は話を続ける。


「そういえば俺って四月から別の高校に通う予定になってたんですがそれってどうにかなりますかね?」

「そちらはこちらでどうにかするから気にしなくていいがそれより一度学園に来てもらいたい。色々と手続きがあるのでな」

「今からですか?」


 まさかと思ったが雪姫先生は首を横に振った。何やら色々と準備があるそうで今日は来てもらっても何もできないのだそうだ。代わりに明日時間があるならそこの兎と一緒に来いとのことだった。


「あれ? でもボク、学校の場所とか知らないよ? 野牛島先生が迎えに来てくれるとか?」

「残念ながらそれは無理な相談だな。簡単には出てこられないんだ」


 じゃあ一体どうしろと? 悠真がそう口にする前に雪姫先生は彼の前に何かを差し出した。それはどうやら生徒手帳のようだった。


「トアのために用意したものだが話が本当ならお前も入園に利用できるだろう。場所についてたがそれが導いてくれるだろう。それでは明日待っているよ」


 雪姫先生はそう言って去っていった。悠真はそのまま見送りかけたが正直どういうことかわからなかったので追いかけたが煙が消えるかのようにどこにも姿はなかった。

 そんなに間はなかったと思うのだが一体どれだけ足が速いとかそういうレベルじゃない気がするのだが。


 そうして悠真たちは廃ビルを後にして自宅へと戻って来た。悠真は鍵を取り出して鍵穴に刺してピタリと動きを止めた。


「どうしたの? 鍵を閉め忘れたことを知って驚いてるの?」

「そんなんじゃない。ちゃんとかけて出たし」


 悠真は何もなかったかのようにドアノブを回して中に入っていく。そしてトアはゲージの中から玄関を覗いて悠真が動揺した理由を理解した。

 そこには出るときにはなかった靴があった。デザインからして女性の物だろう。


「母親か。私のことはどう説明するべきか。ウサギを拾ってきたというのもそうないだろうし、ここは友人に……」


 悠真はトアの言葉を聞き流して靴を脱いで自室へと向かう。そこには「ただいま」の一言もない。


「……悠真? もしかして母親とはうまくやれてないのか?」

「うるさい」


 悠真はゲージをそのまま机に置いてベッドにダイブする。しばらくトアが何やら言っていたが完全に無視して悠真はそのまま眠りに落ちていった。





  

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