初ノ空〜UINOSORA〜

おもちゃ箱

プロローグ 一兎を追う者

出会い

 俺には幼馴染と呼べる存在がいた。年が近くて家がすぐ隣で家族ぐるみで仲が良かったのでそいつとはよく一緒に遊んでいた。そいつは泣き虫でよく泣いていたから守ってやらなければと思っていたことをよく覚えている。何年経っても、たとえ今とは違う関係になってもそいつの隣を歩いて行くんだろうとそう思っていた。

 でももうあいつはいない。隣には誰もいない。たとえ一人だとしても未来に向けて進んでいくしかないのだと今はそう思っている。



******



 冬は終わりを告げて春へと差しかかった街を悠真は一人歩いていた。悠真ゆうまは今年で中学を卒業して4月からは高校生になる。卒業式を終えた今は春休みで学生という窮屈な生活を離れて自由な時間を満喫していた。

 高校への準備? そんなものは入学の1週間前でも十分に間に合うだろう。そう言った思いで街へ出てきたものの悠真は一人だ。ぼっちか、と言われればそうなのだが中学生活を寂しく過ごしていたのかと言えばそうではない。学校には話す相手くらいはいたし、クラスの奴らともうまく過ごせていた。ただプライベートまで侵食してくるような輩がいなかっただけである。

 悠真自身そんなことは気にしておらず。一人なら一人でできることはたくさんある。例えば映画である。今日の主目的がまさにそれであり、本当に見たいものはひとりで静かに見るのが悠真の主義だ。注目していた映画が上映中で時間が有り余っている今こうして見に来たわけである。

 ただ上映開始時刻がまだ先なのでぶらついているのが現在の状況といったところだろうか。とはいっても行く当てがないというわけではなく、悠真がこういう空いた時間に必ず足を運ぶ場所がある。


狐台きつねだいくん、久しぶりじゃないか」


 そう悠真に声をかけてきたのは40くらいの優しそうなおじさんだ。SAWARA書店の店長の佐原さはらさんだ。ごちんまりとした小さな書店であるが悠真の趣味と合致した本を数多く扱っていて他所では見かけないような珍しい本が置いてあることもある。

「受験や卒業式とかで忙しかったんだ。中見て行ってもいいか?」

「ああ、構わんさ。そうだ、君のために何冊がとっておいたんだ。少し待っててくれや」


 佐原さんは店の中に入っていったので悠真は後について歩く。通路は狭く、人と人がぎりぎりすれ違えるくらいのスペースだ。人によっては閉塞感を感じるかもしれないが悠真はこの感じが好きだった。できるだけ多くの種類の本を並べようという考えを知っているからでもあるが。

 レジは奥にあり、そこへ入った佐原さんは背後の棚を開いて何冊かの本を取り出してカウンターに並べた。古いものから最新のものと発売された年代はバラバラだがどれもファンタジー小説だった。


「これは絶版になった「ダリオの冒険記」じゃないか。それにこっちは読みたいと思っていた最新作「真青龍のかいな」じゃないか」


 どれも悠真にとってドストライクな作品だ。基本悠真はファンタジー作品しか読まないがその中でも魔法の出てくる作品が大好きだった。「ダリオの冒険記」は魔法使いのダリオが行方不明になった師匠を探して各地を旅する話で、「真青龍の腕」は龍殺しで有名な魔法剣士の青年と青龍の交流を描いた物語で衝撃的なラストが話題を呼んでいる作品だ。

 悠真はその本を買うことを即断して財布を開いた。本を買った後も適当に本棚の本を眺めて時間をつぶして映画の上映時間が近くなってきたところで店を出る。

 映画館からそんなに離れていないとはいえ少し長居しすぎたかもしれない。久しぶりに足を運んだ所為か佐原さんは中々悠真を解放してくれなかったのだ。

 悠真は少しだけ近道になるので公園を早足で突っ切っていると人だかりがあるのを発見した。少しだけ気になったので横切りながら人だかりの中を覗いてみたのだが中心にいるのはどうやら一人の少女のようだ。一つにまとめられたプラチナブロンドの髪が目を引く少女だ。

 その少女はどうやらマジックでもしているようでその手にはステッキとシルクハットが握られていた。ストリートマジシャンとは珍しい。何となく悠真はそのマジシャンの顔を見て思わず足を止めてしまった。まだ幼さの残るその顔つきに悠真は既視感のようなものを覚える。

 そのときそのマジシャンがこっちを見て目があった気がして悠真は反射的に目を逸らした。

そうだこんなところで立ち止まっている場合じゃなかった。すぐに映画館に向かわないと。悠真はすぐに思考を切り替えて再び足を動かす。そしてそのまま逃げるように悠真は公園を後にした。


 急いだおかげか飲み物を買う余裕があるくらいの時間に映画館に到着した悠真はいつも通りジンジャーエールを購入して入場する。

 悠真が見た映画は海外制作のオリジナル映画だ。魔法を題材としたシリーズもので今作が最後のシリーズとなる。今まで放映されたシリーズすべてが好評で悠真自身とても期待して見るのを楽しみにしていた作品だった。ネタバレは嫌なのでネットの評価は調べずに臨んだ。

 その結果はいい意味で期待を裏切られた。悠真は一作目の感動に勝ることはないだろうと思っていたのにそれを優に超えてきた。間違いなくシリーズ最高傑作だった。見終わった後呆然としてしまうくらいの感動があった。

 このまま余韻に浸っていたいところだが悠真にはすることがあった。そう、SNSへの感想をつぶやくのだ。悠真は映画館を後にすると決まって利用するカフェへと足を運んでいつも利用する角の席に座り、顔なじみの店員にいつものメニューを頼み、早速スマホを使って感想を打ち込んでいく。

 いつもは一時間近くその席を占拠するのだが1人の客が悠真の席へとやって来た。悠真が占拠しているのは二人席でこういうことは多く、店員には相席可で話が通っている。とはいってもほとんどの場合は悠真が席を譲って帰るし、今回もそうしようと思ったのだが客の顔を見て動きが止まった。


「相席してもいいかな?」


 そう言ってはにかんだのは幼さの残った顔たちにプラチナブロンドの髪を持つ少女で、あの公園にいたマジシャンに間違いなかった。驚きのあまり反射的に悠真はうなずいてしまい席を立つタイミングを完全に失ってしまった。


「ありがとう」


 マジシャンは商売道具が詰まっているのであろう鞄を脇に置いて椅子に座る。その後注文を取りに来た店員に紅茶と軽食を頼む。悠真はその間その様子を正確に言えばその顔を黙って眺めていた。やはりその顔に見覚えがあるような気がして仕方なかった。懐かしい感じがすると言えばいいのだろうか。とにかくどこかで昔あっているような、そんな気がする。


「どうしたの? ボクの顔なんかずっと見つめてさ」

「いや、えっと、さっき公園にいたマジシャンだよね?」


 悠真が誤魔化し半分にそう尋ねると彼女は嬉しそうに笑った。

「お、もしかしてボクのマジックを見てくれたのかな?」

「全然。ただ通り過ぎたときにちらりと見かけただけだよ。急いでいたし」

「おっと、それは残念。よし、それなら何か一つ披露しようかな。ここであったのも何かの縁だしね」


 彼女はそう言ってどこからともなくトランプのデッキを取り出した。いつでも披露できるように手元に仕込んであるのだろう。そのままトランプを机に広げようとしたところを悠真は止めた。


「いや、いいよ。そんな興味ないし」

「あ、そう」


 彼女はしゅんと悲しげな様子でデッキをどこかにしまった。悪いことをしてしまったかと思わなくもないが悠真的にはこのまま長居するつもりはなかった。


「それじゃ、俺はそろそろ失礼するよ」

「ん、ああ。ボクに気を使う必要はないよ。君もゆっくりしていくといいよ」


 悠真はお暇しようとしたがそう言って呼び止められてしまったが彼女に空になったカップを見せて言う。


「大丈夫。丁度カップが空になったところだったから。それにこの後も用事があるから」

「んん、そうか。それじゃあ」


 彼女は残念そうに笑いながらもそれ以上は悠真を呼び止めることはしなかった。悠真も彼女に会釈を返してレジで精算して店を後にした。


 先ほどはこの後用事があるなんて言ったがあれは方便で悠真にこれといった用事はなかった。なので軽くその辺をぶらぶらした後そのまま帰路についた。

 悠真が住んでいる家は街から近いというわけではないがバス一本で来られるので中々交通の便が中々いい場所にある。しばらくバスに揺られてバス停で降りて徒歩3分だ。通りから少し中に入った場所にあるので時間帯によっては人通りというのが全くなかったりする。

 悠真は家の前につくとかばんから家の鍵を取り出す。色々と事情があって悠真はほとんど一人暮らしのような状況で他の家人が利用することなんてほとんどない。月に一度帰ってくるか来ないかといった感じだ。

 そのまま鍵を刺そうとして悠真は後ろに気配を感じた。反射的に振り返るとそこにはフードを目深く被った小柄な男が立っていた。その男が手に何か持っている。そう悠真が認識したときには男が突っ込んできていた。

 悠真は何も抵抗することもできず体当たりを受けて背中を背後のドアにぶつけてその場に倒れこむ。異様に脇腹のあたりが熱い。手で触れるとぬるりとした感触があった。

 それは血だった。それも悠真自身の血液だった。自然と悠真の視線は距離をとった男の手元に向けられる。そこには赤く塗れた大ぶりのナイフが握られていた。

 ああ、そうか。自分は今刺されたんだ。悠真がそう理解した瞬間お腹のあたりに鈍い痛みを覚える。アドレナリンのおかげか痛みはたいしたことはなかったが体内から失われる血の量はただで済むようには思えなかった。それに襲撃者はこのまま手を緩めてくれそうになくナイフの刃先を悠真に向けているままだった。

 逃げなければ。悠真はそう思ったが血を失い過ぎたせいか体が思うように動かなかった。せめて助けを呼ばなければと口を開けようとしたところで再び男が襲い掛かってきた。

 今叫んだところで助けは間に合わない。そう思うと口を開いたはいいが声が出なかった。

 再びナイフが悠真の体に突き立てられる直前でその男の体が後方に吹き飛んだ。いったい何が起こったのかと目を見張る悠真の目の前に何者かが現れた。


「これは間に合ったとは、言えないな」


 その声には聞き覚えが、そして目の前で揺れるプラチナブロンドの髪には見覚えがあった。それはカフェで別れたはずのあのマジシャンの少女だった。

 どうしてここに。悠真はそう尋ねたかったが口から細い息が漏れただけだった。それに鮮明だった視界も徐々にぼやけ始めていた。


「すまない。ボクがもっと早く気づいていればこんなことには……」


 彼女の声は聞こえているのに頭に靄がかかっているようで言葉の内容を理解することができなかった。


「こんなと――ぜった―――ない――。たす――ら」


 徐々に声も聞こえなくなり悠真の意識は闇の中へと沈んでいった。

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