第5話

 そういう経緯があって、年の瀬が迫りに迫った十二月三十一日、深夜。

 僕たちはお互いの生活圏から遠く離れたコンビニを訪れ、イートインスペースでカップ麺ができあがるのをじっと待っている。


 大みそかということで、ウリさんは緑のたぬきで年越し蕎麦、アレルギーのある僕は、赤いきつねで年越しうどん。待ち時間が違うので、それぞれのスマホでタイマーを設定した。


 ウリさんは、ごきげんだった。

 

 二つ並んだカップ麺を「CMで見るやつだ」と嬉しそうに眺め、写真に収めた。蓋は半分だけ開けるんだよ、とか、こっちは唐辛子だからまだ入れちゃダメだとか、ちょっとウザいくらいの僕のレクチャーも真剣に聞いて、この上なく丁寧にカップ麺を作り、瞳をきらきらさせながらそのときを待っていた。


 アラームが鳴った。


 ウリさんはサッと緊張し、一度僕と目を見かわすと、厳かな儀式を行うように残りの蓋をゆっくり開けた。


 たちまち出汁の香りが広がる。


 ウリさんの表情がいっぺんにやわらいだのが分かり、僕はホッとしながら、ウリさんの食べるさまを見守ることにする。

 さっと麺をすくって、慎重に持ちあげ、口に運ぶ。

 そんな誰にでもできることが、今だけは特別に見えた。


「おいしい……」


 念願かなったウリさんは、とろけるような声で感想を述べた。


「どんなふうに作ったものでも、おいしいものはやっぱりおいしい」


 自分の中の何かを確かめるようにそう続けて、ウリさんはどんどん箸を進めていく。立ちのぼる湯気を顔中で浴び、ずるずると、そりゃあもう気持ちのいい食べっぷりだ。


 僕のアラームも鳴った。

 ウリさんが目が覚めたようにハッとし、せわしなく箸を置く。そして、


「またやっちゃった」


 などと耳まで赤くして言うから、僕は首をかしげた。


「なにを?」

「あ……あたし、小学生のときに友だちの家で初めてポテチ食べて、感動のあまりむさぼり食べて、ドン引きされたことあって」


 完全に失敗した作り笑いでそう告白されて、僕はつい吹き出してしまった。


「いや、そんなんで引かないし」


 ていうか好感度あがりっぱなしだし――とか、素直に言った方がいいんだろうか。分からないまま箸を割って、僕は下向きになってうどんを食べ始める。


 すぐにホカホカしてきた。体も、心も。めいっぱいあったかくなる。


 ああ、よかった。

 僕はおあげを噛みしめながらしみじみ思った。

 

 コンビニでカップ麺を食べた――って、人に話しても一瞬で忘れられそうな出来事だけど、今の僕にとっては一秒ごとに貴重なものが積み重なっていくような、不思議な感覚がある。それこそ一生記憶に残りそうな。

 ――僕にとっては、この後の方が重要なはずなのに。

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