五日目

 ゴロツキの後に続いて酒場に入るが、今日は何だか酒場が騒がしい。騒ぐ客の視線は真ん中の席に集中している。ゴロツキはそれに見向きもせずいつもの隅の席に座る。それに呼応して俺も立ち位置を探すが、今日は客の流れが掴みにくい。それでもなんとか最低限の位置を確保するが心は晴れない。とても遺憾だ。


 苛立つ心を抑えていると、背後から掛かる声。俺はそれを聞き流してゴロツキに集中する。するとその声は俺の前に回り込んで来きた。おい、そこを退け。ゴロツキの声を聞き漏らすだろ。憤りを込めて無視を決め込む。すると今度は仲間もぞろぞろと現れる。ゴツい体をした奴からひ弱そうな爺さんまで。なんなんだいったい。ん? 勇者パーティー? なんだ、スムージーが欲しいのか。それなら人数分渡すから帰ってくれ。


「おい」ゴロツキが発する心地よい響き。なるほど、今日は「自然な甘い物」か。これはまた俺のパシリ心を擽る絶妙な要求。俺はニヤけた口元を隠すように顎に手をやり、騒がしい酒場を後にする。



 酒場を出ること20分、俺は海辺に立っている。酒場にいた船乗りが話していた。この海の遥か先には甘い果物に満ちた島々があると。どれ程の距離なのかはわからない。しかし、そこにゴロツキの欲する物があるなら俺は行く。肩に乗っかっている氷の小人が海面を凍らせる。海に浮かび上がる一本の道。俺はその輝く道を全力で走り出す。


 山のような巨大な波が押し寄せ、俺を巻き込む。しかし、燃えるトカゲが這い回る俺の体は触れた水の全てを瞬時に蒸気へと変えていく。そしてその後直ぐに現れる氷の道。俺は嵐の中をひた走る。だが突然視界が光によって奪われる。一瞬遅れて響く轟音。麻痺する手足。光が収まると目の前には揺らめく光の玉。なんだこれは。はっ、もしやこれが船乗りたちが言っていた甘い果物なのか。俺は唯一動く口で伝説の包丁を取り出し、光の玉に突き刺す。何かが笑う声。玉はいくつもの豆粒に分かれ俺の体にまとわりつくようになった。果物ではなかったらしい。


 さっき迄の嵐が嘘のように思える晴れっぷりの中、全力疾走すること70分、俺はとうとう目的の島に到着する。高低様々な木々に連なる色彩豊かな果物。俺は目に付くもの全てを袋に詰め込む。時間がない。味見は帰りの道中だ。


 酒場に戻ると既に勇者パーティーの姿はなかった。俺はゴロツキの前に取ってきた果物を並べていく。その一つ一つを何の考えもなしに口に放り込むゴロツキ。文句が出ないのは満足の印だ。今日は時間的にこれで終わりだろう。明日はどんな要求が来るのか。俺のパシリ道を深めてくれる、そんな要求であれば俺は嬉しい。





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