　朝から街がざわついている。なんなんだ、昨日の酒場といい、今日の街といい。俺は騒がしいのが好きじゃないんだ。

　行き交う人々が口を揃えてこの世の終わりを憂いている。なんだ、この世の終わりとは。街からゴロツキが一掃されでもしたのか。もしそうだとしたら俺は生きる目的を失う。それはマズい。

　不安に押し潰されそうになりながらも酒場の前でゴロツキを待つ。待っている間にこの世の終わりの原因が判明した。どうやら勇者パーティーが負けたらしい。魔王の手下にやられたそうだ。魔王には四天王と呼ばれる優秀な手下がいるとのこと。優秀な手下…もしかしてその魔王は俺もパシってくれたりするのか。俺のパシリ魂を更に燃やし尽くす感涙ものの要求でもくれるのか。

　そんな俺のスケベ心を諌めるかのようにゴロツキが現れる。心を正しながら俺も酒場に入っていく。酒場の中はいつもより酒臭い。酒を飲んでは管を巻いている輩がやたらと多い。俺はこういう連中のことが好きではない。これらは「俺の欲しいものはコレだ」とハッキリ言わない。己の欲する物も明確にせず、ただ不満を垂れ流しているだけ。それなら欲しいものを声に出せばいい。その声が俺にまで届けば俺がそれを用意してやる事もできるのだ。

「おい」

　ほら、コレだ。今日も俺に明確な要求をくれるこのゴロツキ。さあ、今日は何を求める。俺に何を要求する。俺のパシリ魂を……なに、魔王退治だと？　なぜだ。何故今更そんな物を要求する。これまでそんなつまらないものなど要求しなかったではないか。なぜだ。なぜなんだ。

　パシリに求めていけないものがある。まず第一は金だ。それは唯の強盗に過ぎない。そんなものを求めた奴がいたら俺はそいつを蹴り倒して衛兵に突き出す。そして第二が今このゴロツキが求めたものだ。それは明確すぎる要求。結果が既に確定しているものだ。俺のパシリとは己の裁量を使ってより高みを目指すもの。突き付けられた要求の真の意味に思考を巡らせ、期待以上に期待通りのものを用意する、それがパシリであり、それこそがパシリの真髄、俺のパシリの矜持だ。そしてこのゴロツキの要求はいつも俺の矜持を満たしてくれるものだった。

　なのにだ。なぜた。なぜ、今更そんなつまらないものを求めるんだ。クソ、最悪だ。今日は最悪な一日だ。

　俺は直ぐにその場を発つと魔王というやつの元へ急ぐ。こんなつまらない要求は早く果たして次の要求を待つしかない。

　8分後、魔王という者の元に辿り着く。道中で何故か四人の変な格好をした奴らが襲って来たが俺に近づいた瞬間、燃えたり氷漬けになったり雷が落ちたり…後は忘れたが、四人ともすれ違いざまに倒れていった。つまらん要求な上に、四人も立て続けに通り魔に遭うとはとことんツイてない。そんな俺を見て目の前の魔王は嘲笑う。何が可笑しいんだ、笑うんじゃない。初対面だぞ。失礼な奴だ。まあ、初対面で退治しようとする俺も俺だが。いや、違う。こんなつまらん事を命じたゴロツキが悪い。

　俺は腹立ち紛れに魔王の腹に拳を見舞う。だがコイツは倒れない。笑いは消えたが今度は口を開けたままポカンとしている。益々失礼な奴だ。俺はここ最近で何故か使えるようになった魔法で雷、炎、氷刃、金剛礫を竜巻に投入して魔王にぶつける。今度は目をひん剥いて驚いているようだが、それでもこの魔王は倒れない。

　早く終わらせたい俺は仕方なく消耗品を使う事にする。俺はもう一度、さっきと同じ竜巻を見舞い、今度はそれにもう一つ混ぜ込む。バシ…なんとかと言う毒ヘビの毒だ。大量に浴びた時に、袋を開けてそのまま頂いといた緑の液体。それを袋から竜巻に流し込む。暫くして魔王という奴から絶叫が聞こえる。そして、竜巻が収まると魔王の姿が変化していた。どうやら変身したらしい。竜やら、獅子やら鳥やら蛇やらいろんな物が体についている。もう訳がわからない。変身するなら目的を持って変身するべきだ。なりたいもの全てを入れ込めばいいというものではない。魔王というのは少し勉強が足りないようだ。

　魔王が俺を攻撃する。先の仕返しとばかりに緑の毒液を吹きかけてくる。俺は袋の中から最後のスムージーを取り出すと一気に飲み干す。そして撒き散らされる毒液の中を魔王に向かってひた走る。獅子が腕に食らいつき、無数の鳥が鋭い羽を飛ばしてくる。竜の口から白く輝く炎が吹き出す。その全てを全身に受けながら俺の体はデトックスを続ける。絶えず再生を続けた俺は完全な肉体を持って魔王の前に到達する。俺はモヤモヤする心を吹っ切る為に、全身全霊のパシリ魂を拳に練り込む。拳が白銀の光に包まれる。俺はその拳で魔王の腹を突き上げる。白銀の光は魔王の腹を突き破りその先の山が抉り取られる。つまらん魔王退治が終わった。

　俺は酒場に戻りゴロツキに魔王退治を報告する。ゴロツキはニヤリと笑い一言。

「酒」

　俺は騒然とする街を酒を求めて疾走する。自然と口角が上がるのを感じながら。