二日目

 ゴロツキが酒場に入る瞬間、それが俺のパシリ開始の合図。俺はゴロツキから距離を取り待機する。遠からず近からず。近過ぎて鬱陶しがられてはいけないが、呼ばれた声に気付けないのもいけない。その狭い待機範囲を読み取って位置取りを済ませる。そして、声がかかるのを待つ。さあ、今日か始まる。


 来た。俺を呼ぶ「おい」の一声。それに反応してすぐさまゴロツキの横に位置を変える。そしてゴロツキからパシリの指示が飛ぶ……は? 『胃腸薬』だと? マズイ、これは予想外だ。すぐさまその場を去りつつも脳をフル回転させて胃腸薬獲得までのシナリオを描いていく。


 酒場を出た俺が向かったのはとりあえず薬屋。だが何度も通っているが薬屋に胃腸薬など見たことがない。が、もしかしたら店の奥とかにあるかもしれない。その可能性に期待したい。だが、もし無かったら途轍もなく厄介な事になる気がする。


 薬屋まで1分もかからない。カウンターの耳の長い婆さんに胃腸薬が欲しいと伝える。婆さんは首を横に振る。こうなると厄介…いや、違う。ここからが本番だ。これまでもこんな経験は何度もしてきた。その都度、俺は新しい道を開拓してきたじゃないか。今回も開拓してみせる。胃腸薬への険しき茨の道、俺は切り開いてみせる。


 婆さんに材料があれば作れるか尋ねる。婆さんは首を縦に降る。よし、先ずは第一関門突破だ。婆さんに材料を尋ねる。なに? 6つもあるのか! これは予想外だ。せいぜい3つ、多くて4つだと思っていた。これは時間がかかるかもしれない。ゴロツキが愛想を尽かして酒場を出たら俺の負けだ。それまでに必ずや成してみせる。


 先ずは簡単な2つを探す。これはいつもの森で偶に見かけるヤツだ。1分で森へ行き、探索と採取に12分。よし、採取成功だ。次のは湖の湖畔に咲く花の蜜。ここらで湖と言ったら一つしかない。湖までダッシュし、6分で到着。端が見えない湖を12分で一周する。五分の四ほど周ったところに目的の花が見つかった。反対周りが正解だったが悔やむことはしない。そんな時間があるなら次の採取について考えるべきだ。次の材料の場所は…火山の洞窟だ。だが火山は隣町の更に向こうだ。かなり遠いがこれは仕方がない。行くしかないなら、今すべき事は一秒でも早く動き出す事。



 25分掛かってしまったがなんとか火山の火口にたどり着いた。ここから降りれば横穴がある。なぜ知ってるか? それは今俺の肩に止まっている燃えるトカゲが教えてくれたからだ。俺が必死に火山を登っている時に纏わりついてきて、どうしても離れなかったかのだ。それで嫌がらせ目的でゴロツキの好物の火酒をぶっ掛けてやったらなんか色々と教えてくれるようになった。まあ、燃えていても熱くないし、重さも感じないから放っておいている。で、横穴はコレから聞いた。


 火口の底は溶岩で真っ赤に燃えている。しかし、それくらいでは俺のパシリ魂の熱を上回ることはできない。俺は構わず火口を駆け下りる。肩のトカゲが教える場所に向かって走り抜け、焦げた服が地に落ちると同時に横穴に辿り着いた。


 次は5つ目、今度は雪山だ。この火山と真逆の位置。つまりまた戻ることになる。なぜこれを後回しにしたかというと、雪山のどこかに咲く氷の花を溶かすことなくそのままの状態で届けないといけないからだ。氷を火山に持っていくことなど出来ない。時間はかかるがここは我慢だ。ここさえクリアできれば後は楽だ。


 32分掛かるところ、なぜか20分で雪山に到着した。どうやらこの肩のトカゲのお陰らしい。今、得意げな顔をしているからそうなんだろう。これは嬉しい誤算だったが、大変なのはここからだ。このまずは花を見つけるために動く。


 13分後、無事に花が見つかる。そして俺の肩には新たに氷の小人。トカゲと同じようにまとわり付いてきたのをトカゲが火を吹いて追っ払おうとしたら逆について来た。トカゲとは仲が悪そうだからトカゲへの嫌がらせでもしたかったのかもしれない。今はトカゲと小人はお互い反対の肩の一番端に陣取っている。そしてこの小人が花の在処を教えてくれた。まあ、コイツも冷たくないし、重くもない。トカゲと反対の肩に居るだけだからそのままでいいだろう。


 それから7分後、俺は薬屋の婆さんの前だ。最期の6つ目、それは金だ。結構な額だが昨日手に入った金がある。今回はそれで事足りた。俺は材料を全て揃えて机に出す。氷の花も小人のお陰で溶けていないところか白い冷気を立ち上げている。


 婆さんはそれを全部持って奥へ引っ込む。8分後、瓶に入った薬を5本持ってきた。七色に光る液体。これが胃腸薬か。なに? エリクサー? おい、俺はそんなものは頼んでない。胃腸薬を作ってくれ。なに、胃腸薬にもなるのか。それなら大丈夫だ。


 俺が酒場に着くと、ゴロツキはまだ机に突っ伏していた。寝入っている訳てはなく、体調が悪いだけの様子。どうやら間に合ったようだ。ゴロツキに胃腸薬を渡すとゴロツキは一気に飲み干す。急に元気になったゴロツキは軽い足取りで酒場を後にする。どうやら、今日はこれで終わりのようだ。件数は少なかったが、密度はなかなかだった。ふむ、充実したパシリ日だったな。


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