パシリの矜持
みかん畑
一日目
普通の街、普通の酒場、普通のゴロツキにパシられる普通の俺。今日もこれからパン屋にひとっパシリするところだ。「おい」で呼ばれ、「パン」の一言で俺は走る。ただそれだけだ。一秒でも早く届ける。それが俺のパシリの矜持。
パン屋でパンを買う。酒のツマミになるパンだから甘いのはご法度。塩気が効いて旨味が引き立つやつを選んで金を払う。急いで戻ろうとする俺に店員が声をかける。なに? クジを引け? なんで今日に限ってそんなイベントを……打倒魔王キャンペーン? 何だそれは。俺には関係ない。サッサとクジを引き終えると俺は酒場に戻……れない。
カランカランと鐘の音が店内に響く。なんなんだ、うるさい。ん、なんだコレは。『疾風のリストバンド』? 動きが速くなるだと? ……そんなもの、俺のパシリの為にあるようなものじゃないか。受け取ろう。なに、魔王を倒せ? そんなものは知らん。俺はパシリで忙しい。
早速リストバンドを右手につけて酒場に戻る。いつもよりだいぶ早く到着する。ゴロツキに味濃いめの惣菜パンを渡す。ゴロツキは奪い取るように俺からパンを受け取るとそれに食らいつく。よし、旨そうに食っている。この調子だとパンを食い終わるのに10…いや、9分も掛からないか。今日の惣菜パンは人気商品。若干パン生地が少ない。
ゴロツキはパンをツマミにしている間は俺をパシることはない。だからその間に俺は俺のすることをする。街を出て直ぐの森に入って薬草採取だ。対象物の急な値上げなど不測の事態に対して「金が足りなかった」なんて言い訳の言葉は俺の辞書には存在しない。
森まで1分、採取で5分、冒険者ギルドまで1分、査定で2分。く、少し間に合わん。採取時間を削ろうと考えていたら、50秒で森に到着。リストバンド効果か。なんとかギリギリいけるかもしれない。急いでいつもの隠れポイントを回り切り、ギルドへ直行する。
ギルド担当者は俺を見るなり、金の用意を始める。毎回決まった種類、決まった数を納品する俺が築いた時短関係。これは俺の宝物の一つだ。薬草をいつもの流れで確認する担当者。だがその担当者の手が今日に限って何故か止まる。分厚い本を取り出しバラバラと捲り出した。なぜだ。もしや種類を間違えたか。俺とした事が、クソ。
既にここに来て10分が経過している。俺の前には初老の男。片眼鏡で薬草に見入っている。おい、早くしろ。早く査定を終えてくれ。いつもの金を渡すだけでいいんだ。なんなら今のそれの分は差し引いてくれて構わん。だから早く。
それから4分後、俺の目の前にはいつもの二百倍の金貨が積まれている。おい、こんなに要らん。こんな重いもの持ったら移動が遅くなるだろう。何? この金貨で便利な袋が買えるだと? どれだけ入れても重くないだと? そんな性能…パシリ専用袋ではないか。有り難く買わせてもらおう。
便利な袋にいつもの三十倍程にまで減らした金貨を入れて、酒場へ急ぐ。だいぶ時間がかかってしまった。ゴロツキはまだ居るだろうか。今回は俺の失策だ。頼む、まだ居てくれ。
酒場へ戻るとゴロツキは机に突っ伏して眠りこけていた。ホッと肩の力を抜く。こうなるとゴロツキは閉店まで起きない。俺は店員に金貨を渡して精算を済ませ、一日のパシリを終える。
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