第21話 寝る皇子、風呂を建設する


珍しくネルスは自身の館の執務室にいた。

エレーナから預けられた文官カーソンとその部下であるレーソンとメーソンの通称“スリーソンズ”に嘆願されたからだ。


「で、お前たちスリーソンズが揃って俺に頼みごとがあるとは一体何事だ?」


「す、スリーソンズ…。ごほん、ネ、ネルス様、我ら3人いえ、帝都から来た皆がここでの暮らしに非常に満足しております。ですが、一点だけどうしても気になる点がございまして…」


「ほう。気になる点か。それはなんだ?」


「それは、風呂でございます。」


「ん?風呂?それが一体どうしたんだ?」


「ネルス様やフレデリック様はこの屋敷で暮らしているためお気づきにならないかもしれませんが、この街には風呂がないのです」


カーソンが悲壮な表情で風呂がないことをネルスに訴え、後ろに控えるレーソンとメーソンの二人もうんうんと首を縦に激しく振っている。


「そうか。俺たちはリュークとフランに頼んで魔法で湯をはって風呂に入っていたが、お前たちはそういう訳にもいかないか」


「そうなんです!更にここで住む獣人や魔物の皆さんはそもそも風呂に入るという習慣がなく、水浴びで済ませてしまうためこれまで風呂が必要とされてこなかったのです」


これまで人種はネルス、フレデリック、リュークの三名だけで街に風呂は必要とされていなかったのだが、最近ではカーソンたちをはじめ15人の人種が増えた。

彼らは街での生活にすぐに馴染んだものの、帝都暮らしではあって当然であった風呂がないことにだけは耐えられず、今回ネルスへ嘆願することにしたのだった。







「というわけだ。そこでフランに力を貸してほしい」


「なるほど。事情はわかったのじゃ。確かにあの風呂というものは至高だからのう。カーソンたちが入りたいというのも頷けるというものじゃ。」


ネルスは街に風呂を建設するにあたり、建設要因でおなじみのフレデリックとフランの二人を呼び出していた。


「炎を司るフランなら温泉が湧く地もわかるんじゃないかと思ってな」


「ワーハッハッハ。そんなことこの爆炎龍フランメ様にかかれば容易いことじゃ。皆の者ついてくるのじゃ」


流石はフランメ様だと歓喜に湧くカーソンたちを連れ、街の中で温泉が湧く地がないか見回りに出るのだった。





「あれ?ネルス様が街を見回るなんて何かあったんですか?」


珍しくネルスを見かけたことを疑問に思った兎人族のエミリーが声をかけてくる。


「こいつらが風呂を作って欲しいと言い出してな。エミリーは今日は食堂は休みなのか?」


「お風呂ですか。いつも食堂に来る人族の人たちが恋しいと叫んでたやつですね。今日は非番なんです。お風呂に私も少し興味があるのでご一緒してもいいですか?」


「ああ、かまわんぞ。」


そして一行は街の中を歩き回り、風呂の候補地を探し歩いた。


「ここからも温泉の気配を感じるのじゃ」


フランメが見つけた温泉の気配は街の南西にあたるところであった。


「このあたりならまだ家も建ってないし良いんじゃないか?カーソン」


「ここはもともと商業区にしようと計画されているところですので問題ないかと」


ネールスロースの街は中央にあるネルスの屋敷を中心に、北部が市街地で南部は西に商業区と東に軍事区とする計画で街を発展させていた。


「ここなら食堂からも遠くないので、便利かと思います」


エミリーが食堂の長としての視点で意見を述べるとネルスもそれに納得の表情を見せる。

食材は現在の商業区に唯一ある施設で、その周辺は食材の保管庫や加工場しか存在しなかった。


「確かにそうだな。どうせこの風呂も食堂と同じく街の共有施設にするんだし、近くの方が便利がいいかもしれんな。よし、頼んだぞ爺」


「フォッフォッフォ、相変わらず年寄り使いが荒いですな。フラン殿、深さはどの程度まで掘ればよろしいですかな?」


「う~ん、そうだな。1000メートル程掘れば湯に届くはずじゃ」


「1000メートルですな。承知。若たちは少し離れていてくだされ」


そう言われたネルスは周囲にいたエミリーとスリーソンズに重力魔法をかけ、空中へ避難させた。


「こ、これがネルス様のユニークスキルの力」

「話には聞いていたがまさか飛ぶことが出来るとは」

「これは陛下が隠す様指示されたのも納得です」


初めて体験するネルスの魔法に湧きたつ三人に対し、自身は魔法をかけてもらえなかったフランメは不満の表情を露わにする。


「むぅ。なぜ我だけ仲間外れにするのじゃ!我にも旦那様の魔法を所望するぞ!」


「いやいや、フランは自力で飛べるだろう」


「それでも旦那様に魔法を掛けて欲しいのじゃ」


頬を膨らませ駄々をこねるフランメに対し、ネルスは軽くため息を吐き、フランメの要求に応じる。


「今回はフランに手伝ってもらったしな。ほら」


「おー流石旦那様じゃのう。」


一気に上機嫌となったフランメはネルスの腕にまとわりつき、ネルスの力を褒めたたえた。


「お熱いですなぁ。ではそろそろ行きますぞ。」


『地割れ《アースクェイク》』


フレデリックが地面に手を置き魔法を発動させると、見る見るうちに地面が割れていき、大きな穴が形成されていった。

そして底も見えない程掘ったところで、地下から水の音が聞こえてきた。


「おー温泉だ!」

「これで風呂に入れるぞ!」

「冷たい水浴びをせずに済むんだ!」


湧きだす温泉を目にし、興奮を隠せないスリーソンズに対しネルスは指示を出す。


「温泉は湧いたようだし、あとはスリーソンズに任せる。男女で別れて風呂を楽しめるようにしろよ。あと、風呂の担当も決まったら俺に知らせるように」


「「「かしこまりました!!」」」




その後スリーソンズたちの奮闘により、僅か3日という工期で帝都の城にある大浴場と遜色のないような浴場が建設された。

なお、風呂の担当については掃除はブラウニーたちがやってくれることもあり、番台に座り管理するぐらいしか仕事がなく体力を必要とされないため、かつてクローバー領に捕らえられていた獣人の老人たちが担当することに決まった。

完成当初は盛り上がる人族を横目に、そこまで風呂のありがたみを理解していない街の住民たちであったが、一度その湯に浸かってしまえば風呂なしの生活など考えられないとハマってしまい、街の癒しの場として喜ばれたのであった。

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