湧きたつ湯気の向こう側にあるものへ

圓道義信

第1話

ハイドウモ~

 マルちゃんズです アカイキツネとミドリノタヌキの2人でこうして漫才やらしてもらってるんですけどね・・・




 あれから15年




 小学校の頃からお前ら二人はめっちゃおもろいな~と言われ続け、高校入学を辞め二人でコンビを組んで吉本に入社。



 一年もたたない間に、ネタ番組で披露した早とちり漫才がブレイク。


 関西から一気に東京まで行き半年間の間に150本以上の番組に出演。


 すっかり天狗になっていた二人は、ネタ作りも疎かになり、やがてテレビに出る事も少なくなり、コント番組のネタ見せでディレクターに、「まだそのネタやってんだ」と笑われた。



 キツネの浩介と一緒に、番組でお世話になっていた先輩に飲みに連れて行ってもらった席で、酔った浩介が言った一言がきっかけで、些細な口喧嘩がコンビ解散までの引き金になった。



 


 「こんな事件最近頻繁に起こってますけど、田口さんどう思います」司会の元局アナ、今では人気絶大の屋根博さんに振られ、それを当たり障り無く返答していく。




 「お笑いの作家さんって、なんぼ儲かりまんの」なんてありきたりの流れの掴みも、作家としてはほぼ食べれていない自分は、コメンテーターとして生き残るために必死に、炎上しないでも無表情ではないコメントを模索した。



 コンビを解散してから、単独で吉本に残り、お笑いとしてでは無く、タレント田口博一として、駅弁を食べ歩くロケに行ったり、地元の商店街の良いところを紹介する番組に何度か出させていただいたが不発。

 バズる事も無く、月に一本出れる番組があれば御の字、殆どの生計は、近所のコンビニ店長職で賄っていた。




 それがたまたま、そのコンビニの駐車場で撮影していたユーチューバーとあって激変。



 その動画は、「コンビニの駐車場で車中泊、何日泊まったら警察呼ばれるか」ってくだらないテーマだったが、一時間以上駐車禁止がもっとうのオーナーのコンビニで、そんな事許されるはずも無く、一時間が経過した瞬間に、オーナーから自分へ目でGOのサイン。



 たまたま生中継していたユーチューブに顔が出てしまった事で、ツイッター上で「あれ、ミドリノタヌキじゃね」「タヌキ店長あらわる」「あのコンビニ行ったら化かされるかも~」


 なんて変なバズり方がきっかけで、興味本位でコンビニに足を運ぶ人が増え、その中にお笑い作家をしている、今の師匠、元ドンベイ太郎でお馴染みの、田中栄吉も居た。



 師匠の第一声が、今瞬時に思う、

 これならユーチューブで再生回数一億越えと思うネタは?と聞かれ


「日本の最南端と最北端まで糸電話を繋いだらどれぐらい聞こえるか 」


と答えた。


 正解なんだか不正解だか、なんだか良く分からない大喜利がきっかけで、お笑い作家の門をくぐる。


 それが今のタヌキ。


 作家業なんて言っても、売れないお笑い芸人の、ネタ見せを適当に指導する師匠のただの付き人で、ひと月に稼げる額は、コンビニの店長の半分も行かない。


 ただ、師匠の家の一部屋に、先輩付き人と一緒に住まわせてもらい、寝食だけは賄えている状態。



 師匠の出演番組の付き添いで行った時に出会った、ADの桃子と付き合い始めたのは、そんな生活をして1年目頃だった。



 桃子は学芸大学を出て、番組制作の会社に就職。将来は女性敏腕プロデューサーを目指して、今はタレントの世話を焼くアシスタントディレクター。



 桃子と付き合い始めて、数か月後、師匠がゴルフの遠征で行った九州地方に大雨が降り、コメンテーターで出演している毎週木曜担当の屋根屋の出演を飛ばさざる負えない状況になった。


 兄弟子と一緒に九州に行った師匠は、東京に残っていた自分に、とりあえずスタジオに行って、テレビ電話で出演させて欲しいと交渉して来いと。



 師匠の帰りを羽田で待っていた自分は、直ぐにスタジオに向かい、プロデューサーに掛け合った。



 そこで初めて、屋根さんと会話した。


 屋根さんが桃子と談笑しているのを見ていた自分を、桃子が紹介してくれた事がきっかけで、屋根さんが自分の顔をマジマジと見て、咄嗟にマルちゃんズの早とちり漫才のボケの部分を言い放った。


 久しぶりに聞いたネタのボケに、相手が屋根さんと言う事も忘れ、躊躇なくツッコミ。控室が笑いで充満した。



 それをきっかけに、番組に自分を出すと押してくれた屋根さん。



 桃子と付き合っている事も知っていたのかもしれないが、その経緯を師匠に電話もしてくれて、代打での番組出演が決まった。



 代打の出演者をいじり倒し、殆どのコメントを自分に振る屋根さんのおかげで、元マルちゃんズ、ミドリノタヌキがお湯を懸けて10年振りに復活。


 ヤフーニュースで取り上げてもらうことが出来、プロデューサーから水曜日のレギュラーコメンテーターに抜擢してもらう事が出来た。



 少しではあるが、順調にテレビにも出れるようになり、コンビニの店長時代よりも少しだけ多く稼げるようになった。



 桃子との付き合いも順調で、師匠の家を出て、近所のアパートで同棲。

 桃子が結婚を意識しているのが分かっていたが、頑なに最後の部分だけはお茶を濁していた。  






 

 お笑いを止め吉本を退社して、地元に帰った俺は、東京に就職した友達の実家のそば屋でおかもちのバイトで生計を立てていた。



 元々、孤児院出の自分には家族はいないし、戻る実家も無かったけど、幼少期を過ごしたこの場所以外、帰る場所が無かった。



 数年もたった、今でも、あの時博一に言った言葉が頭から離れない。



 お前がずっと売れた漫才に固執して新しいネタを書かないから、どんどん売れなくなって行ってんだ。

 俺が書いた新ネタを練習もせずに、ただテレビに出て、面白くも無いトークをしていても限界があるって何度も言ったのに。



 今、そんな事を思い出しても何も無いのに。

 でも、いつもネタは2人で書いてきた。

 どちらかが日常で見た面白い情景を持ち合い、それを元に、漫才に仕上げていく。  二人で。



 だから博一だけが、有頂天になっていた訳では無いのに。



 お笑いをきっぱりとやめた俺の方が、お笑いの未練にしがみついている。

 だから、テレビはほとんど見ない。



 たまに見るユーチューブで、博一が出た事が話題になっているのを見たけど、あ~まだ業界に残ってるんだな~ぐらいの感情しかわかなかった。




 高校に行かない決心をしたのも、博一とずっと一緒なら、お笑いの世界で必ず勝っていけると思っていたから。


 ごくたまに、県の繁華街でマルちゃんズの方ですか?と声を懸けられても、何も言わずに通り過ぎる。



 俺にはお笑いしか無かったのに、そのお笑いを辞めた。

 もう何もない自分に、掛け合う言葉も見つからない。





 辞めてから数年後、名前を聞いたことも無い女性から一本の電話があった。



 そば屋にかかって来た電話は、俺宛で、おかみさんがめもった携帯番号に電話をして欲しいとのことだったが、当然俺が電話をかけることは無かった。



 それから何か月かたった息が真っ白になるほど寒い夜、配達から戻った店の前に、一人の女性が立っていた。




 桃子と名乗る女性は、博一と付き合っていること、博一は今、コメンテーターとして、いくつかのテレビに出ている事を教えてくれた。 



 俺には、なんの為にこの女性が東京からここまで来たのかは、わからなかったが、同級生の彼女がこんな田舎までわざわざ足を運んだのだから申し訳ないと思い、閉店して片付けをしているおかみさんにお願いし、店の椅子に座らせた。



 温かいお茶を出し、自分の片づけをして終わったら、駅まで送るのでと彼女に伝え、そそくさと回収してきた丼を洗った。



 駅まで歩く道すがら、彼女がこう言った。



 もしも、もしももう一度お笑いをする、お笑いの世界に戻ろうと思わないのであれば、もうこの世からいなくなってくれませんか。



 突然の申し出に、困惑も怒りも立ち込めた俺に、桃子はこう続けた。



 あなたが、あなたがいると、博君と一緒になれない。結婚できないの。


 博君に言われたの、タヌキは生涯、一人のパートナーとずっと共に生き、相手が死ぬまでそれは解消されない。


 だから、自分のパートナーは、浩介だから。

 浩介がいるから、桃子とは結婚出来ないって。




 だから、死んでほしい。



 私は博君と一緒になりたい。

 博君が必死に生きて行こうと頑張っている姿もずっと見てきて、これから先もずっと支えていきたい。



 あなたが生き甲斐をなくして、お笑いの世界で生きてくのを本当に辞めるなら、姿を消して欲しい。




 この娘は何を言っているのだろうか。



 勝手に表れて、自分勝手にこの世から姿を消せと言う。


 

 突然の事に、なんだか博一に嫌気がさしてきた。こうやって、これをけじめとして、全てを終わらせたいのか。  




 なんだか、俺が思っていた、世の中と、二人で目指してきた未来と、だいぶ変わってしまったのかもしれない。



 じゃあ、俺はもういない事にしていいから。テレビに出てるでも無い、ただのそば屋のおかもちがテレビに出ているタレントさんに、迷惑をかける訳にはいかないもんな。 

 桃子ちゃんだっけ、あなたにアカイキツネって名前上げる。 





 そう言って、駅を後にし立ち去ろうとしている俺に、桃子は駆け寄って、束になっているノートを5冊渡した。




 博君からの伝言。



 これのどれでもいい。


 どれでもいいから、一つだけ、完璧に覚えて、12月25日、新宿に来て欲しい。




 その日に新しいパートナーの紹介と、マルちゃんズの復活を舞台で報告するからって。



 ノートにはびっしり、新しいネタが書き込まれていた。



 博一はずっとネタを書き込めていた。あれからずっと。

 


  数年後、マルちゃんズはエムワングランプリの決勝戦に立っていた。




 2人が優勝トロフィーを掲げている姿を、大泣きしながら桃子が写真に収めていた。

                           



                              完

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湧きたつ湯気の向こう側にあるものへ 圓道義信 @20210718

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