とある探偵と助手の出会い

諏訪ぺこ

第1話 とある探偵と助手の出会い

「犯人は————」


 ドキリ、と心臓が高鳴る。そしてえも言われぬ空気がその場に満ちた。

 どうしよう。きっと彼にはバレている。私がしてきたことがバレているのだ。


 広間にはこの屋敷の人間が集まり、犯人の名が呼ばれるのを待っている。

 私はその人たちの影に隠れて、どうにかなりそうな手をそっと着物の袖の中に引っ込めた。


 いけない。このままでは本当にまずいことになってしまう。

 名指しされる前に、そっとこの場を離れようか?そして元に戻ってしまえばきっと彼には見つけられない。

 名の知れた名探偵。彼の名に傷をつけることになるだろうが、こればかりは仕方がないのだ。


 そっと後退りしながら、私は人の群れから離れようとした。

 しかし、それを彼に見咎められてしまう。彼はジッと私を見て、小さく微笑んだ。


「犯人は、あなただ!!」


 その瞳は真っ直ぐに私を見ている。

 ああ、やっぱりバレていたのか。私が、私が————


「い、一体何のことだ!!」

「え?」


 自分の後ろから聞こえた声に驚いて振り向く。すると、そこにいたのはこの屋敷の主人に金を借りに来ていた義弟だった。

 いつもいつもご主人様にお金をせびりに来ては、私に変な視線を向ける男。その男が真っ赤な顔をして彼を怒鳴りつける。


「証拠はあるのかっっ!アリバイだってある。それに義兄を殺す理由がない!!」

「貴方のアリバイですが、すでに崩れていますよ。証拠というなら、血液が採取されています。その腕の傷は、この屋敷の主人を殺した時につけた傷ですね?」


 そう言われて男はパッと腕を隠した。それから彼は男のアリバイを崩してみせたが、男は往生際悪く認めようとしない。


「ち、違う!!これはこの間、引っ掛けて怪我をしただけだ!!血液だってその時に落ちたに違いない」

「引っ掛けて怪我したのであれば、死体の衣服に血液がついているわけないでしょう?」

「それは、その……そう!驚いて、その時に引っ掛けたに違いない!!」


 しどろもどろになりながら話す姿は怪しさ満点である。そこで初めて、犯人とは自分のことではないと気がついた。

 彼が探していた犯人は別件だったのだ。アレ、のことではなかった。その事実にちょっと恥ずかしくなる。


「貴方は、多額の借金を抱えている。それも違法な賭博に手を染めてできた借金だ。その返済を迫られ、この家の主人に泣きついた。だが今まで散々貴方に金を貸していた為にもう貸せないと断られたのでしょう?」

「そ……そんなことは……」

「あなた!なんてことを!!」

「違う!違うんだ……!!」

「この屋敷の主人に子供はいません。奥様も数年前に亡くなっている。相続する権利は妹である奥様のみ」


 ご主人様の妹さんは彼の言葉にわなわなと震えだす。


「あなた……」

「奥様が相続しても、遺産は貴方の自由にはなりませんからね。ああ、そうそう。奥様が常備している薬が睡眠薬に代わっていましたよ?」

「わ、私も殺すつもりだったのね!?」

「違う!そんなのは出鱈目だ!!」


 男は喚きたて、そして自分の前にいた私を突き飛ばすと彼に向かって突進していく。

 私は慌てて、その足元に飛びついた。すると男は急に飛びつかれたことでふらつき、そのまま彼に取り押さえられてしまう。


「さて、謎を解くのは探偵の仕事ですが、犯人を捕まえるのは警察の仕事です」


 涼やかな声で宣言すると、彼は後方の扉を見た。そこには無精髭の刑事が肩をすくめて立っている。

 男が引き渡されると、彼は私に向かって手を差し出した。


「どうぞ、お嬢さん」

「い、いえ……その、大丈夫です!」


 思わず掴みそうになったが、この手ではまずい。とてもまずい。私は慌てて立ち上がると、袖の中に手を隠しバッと勢いよく頭を下げてから部屋を後にした。

 急いでキッチンに向かい、そこの勝手口から外に出る。


 ああ、だめ。ダメだわ。もう間に合わない!!


 広い屋敷の裏庭は鬱蒼と木が茂っている。私はその木の影に隠れると、出てきてしまった耳を両手で抑えた。

 フカフカの耳。手も、人の手とは違う。着物の下では足の間に尻尾のフサフサした感触があった。


「も、戻っちゃった……」


 一度中途半端に戻ると、元の狐の姿に戻るしかない。でももういいか、とも思う。この屋敷のご主人様は亡くなってしまった。

 私がここで働く理由はもうないのだ。娘のように可愛がってくれたご主人様。きっと私が化けギツネだと気がついていただろうに、とても優しくしてくれた。


 突然亡くなってしまって悲しいけれど、元々覚悟はしていたのだ。ご主人様は死期が近い。

 ————そんな臭いがしていた。わざわざ殺す必要なんてなかったのに……人間はよくわからない。


「ああ、ここにいたんだ」

「へ?」


 ガサリと葉が揺れ、彼が私を見つけた。私は飛び上がるほど驚いて、それと同時に頭をぱっと両手で隠す。


「いいよ。君が人でないことはここのご主人から聞いて知っている」

「え?え……??」

「いつの頃からか、小さな狐が身の回りの世話をしてくれるようになった、とね」

「やっぱり……ご主人様は知っていたのですね?」

「うん。君は一生懸命仕事をしていると、耳と尻尾が出てしまうってね」


 なんてことだ。それじゃあ、人に化けていた意味がない。恥ずかしさのあまり顔を両手で覆うと、彼が私の両手をとった。


「彼は……僕の歳の離れた友人でね。自分の死期が近いことを知って、君のことをとても心配していた」

「ご主人様が……?」

「君はとってもおっちょこちょいだから、一人でやっていけるのだろうか?とね」

「わ、私だって一人前の化けギツネです!ちゃんと一人でやっていけます!!」

「おあげに目がなくて、こっそり食べてしまうのに?」

「そ、それは……その……」


 やはりこの間の夜に作った夜食のおあげを食べてしまったことはバレていたのか……私はしょんぼりしながら彼に謝る。


「そのぅ……どうしても、美味しそうで……」

「まあ、キツネだしね」

「ぐっ……そ、そうです。キツネですから!!」

「でも食べたことは悪いことだよね?」


 彼はにこりと笑ったまま、私の手をギュッと握りしめて離さない。


「食べた分は働かないとね?」

「へ?」

「もうこのお屋敷で働く理由はないんだろ?」

「それは、そうですけど……」

「僕は今、助手を探しているんだ。と言っても事務所でお茶を出したり、書類を整理するぐらいなんだけど」

「あの……?」

「だから僕のところで働きなさい」


 働かないか?ではなく、働きなさい、と彼は言った。

 つまりは確定だ。拒否権がない。私はパクパクと口を動かし、彼をじっと見つめる。


「報酬は君の大好きなおあげだよ?」

「お、おあげだけで買収されたりしませんよ!!」

「でも大好きだろ?」

「大好きですけども!!」

「じゃあ、いいよね?」


 両手を上下に振っても彼は私の手を離す気配はない。このまま御山に帰ろうかと思っていたのに、私の次の働き先はこんな感じで決まってしまった。


 ご主人様、貴方様は……一体何を彼に伝えたのでしょうか?





 ***


 あれから数年経ち、私は未だに彼の事務所で助手として働いている。

 時折、実家に帰らせてもらいます!と叫んで御山に戻ろうと画策するけども、口のうまい彼になんだかんだ丸め込まれて事務所に留まっていた。


 その日も小腹を満たすためにお湯を沸かし、ペリッとソレの蓋を途中まで剥がすと中のかやくを取り出す。

 ふんわりとおあげのいい匂い。まだふっくらとしていないのに、なんでこんなにいい匂いがするのか?


「お湯を注ぐ前に食べちゃダメだよ?」

「……そんなにせっかちじゃありませんよぅ」

「おあげ見ながらヨダレ垂れそうだよ」

「たらしませんから!!もう!!」

「はははは、ごめんごめん」


 怒ると、ピコンとキツネの耳が出てきてしまう。その耳を彼がそっと撫でてくれるので、今日はこれ以上怒らないでおこう。

 いや、そもそも私を怒らせる彼が悪いのでは?そんなことを考えながら内側の線までそっとお湯を注ぐ。


 蓋をして五分。


 待ち遠しい時間だ。ジッと蓋を見ながら私が首を傾げると、彼も同じように首を傾げる。


「どうしたの?」

「どうして『赤いきつね』って言うのかなあって」

「ふむ」

「だって、緑のきつねでもいいわけですよね?あと黄色とか、白とか……」


 そう尋ねると、彼は少しだけ考える仕草をしてから私の頬を突っついた。


「君が顔を真っ赤にして怒るからじゃないかい?」

「え?」

「怒ると頬が赤くなるだろ?」

「そ、そんなわけないじゃないですかー!!」

「ほら、赤くなった!」

「私はー化けギツネであって普通のきつねじゃありませんー!!」

「うんうん。怒ってる君も可愛いよ」

「もう!も————!!」


 赤いきつねの理由がそんなはずはない。そんなはずはないが……ひとまず、彼のおあげは私が食べてやる!!

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