第三部 午後のひとときは饅頭と共に

第20話 なんちゃってギルド

 試合を終えたその足でセントラル・シティで人気のカフェ、『パレット』にやってきた私たちは店内真ん中のテーブル席に案内される。腰を下ろし、ミルクティーを注文してから私はマルちゃんの話を聞くことにする。


「それで、あなたのご両親も失踪したって話を詳しく聞かせて」

「はい……。私の家は元々、私だけがゲームをする家庭でした……。ですがある日を境にママもパパもシティ・モンスターズをプレイし始めたのであります。そしたら、それからすぐのことです。私が家に帰ると誰もいなくて、それから二人は帰ってこなくなってしまったのであります。私は仕事で出張に行ったりしているんだと思っていたのでありますが、なんせクララさんと状況が似ていたのでありますから、もしかすると、と思ったのであります」


マルちゃんは不安そうに下を向く。確かに、シティ・モンスターズをプレイしていて、帰ってこなくなったのは七瀬と同じ。カズハさんのこともあるし、マルちゃんの両親も財団に連れ去られていても全然不思議ではない。むしろ、シティ・モンスターズのプレイヤーという時点でその可能性は極めて高いと言える。それはマルちゃんも充分に理解しているようで、だからこそ私の話を聞いて、相談をする決意を固めたのだろう。


「そうだったのね」

「なので、よろしければ私も七瀬さんの捜索を手伝わせて欲しいのであります! もしかすると、ママとパパのことが何かわかるかもしれないのであります!」

「私はいいんだけど……」


この失踪事件を追うということは、黒の財団と戦うということでもある。マルちゃんのような子供を巻き込んでいいのかと私は一度慎重に考えた。


「クララ嬢、マルをこの事件に巻き込んでいいのか、それを迷っているのでやんしょ?」

「え……? うん、ディゼが言ってたんだ。黒の財団に関わったら命の保証はないって」


マルちゃんをそんな危険に合わせていいものか。私の独断で決めるわけにはいかないだろう。


「シティ・モンスターズの中でクララさんと一緒に行動する分には安全なのではありませんか?」


そんなマルの提案を聞き、俯き加減だった私の顔が上がる。


「そうだね。それじゃあ、失踪事件について調べるのは私と一緒にいるときだけ。マルちゃん一人では絶対に行動しない。守れる?」

「もちろんなのであります!」


マルちゃんは目を輝かせて、右手を額に当てる。前から思ってはいたが、マルちゃんのその敬礼は癖なのだろうか。事あるごとに綺麗な姿勢で敬礼をする。まあ、可愛らしいから私的にはオッケーなんだけど。


それからも私とマルの会話のラリーは続き、数十分が経過したところで、私のパワーリングが振動する。メールだ。差出人を確認すると『差出人不明』となっていて、嫌な予感がする。私は心の準備をしてからそれを開いた。


『今から公園で会えないかな?』


その一文を見るなり、私は席を立つ。


「どうしたでやんすか?」

「ごめんアーノン。しばらくマルちゃんの面倒を見ておいてくれないかな? 私、少し用事ができちゃって」

「わかったでやんす!」


マルちゃんのことをアーノンに任せると、私は一人、公園に向かうことにした。




 謎のメールに誘われるまま、公園にやってくる。辺りを見渡して、1秒でそのメールの差出人を理解した。ベンチに座っている青年に近づくと、私は意を決して話しかけた。


「私に何か用?」

「その態度を見るに、僕のことを誰かに吹き込まれたかな?」


ウィズダムは組んでいた足を下ろすと、ベンチに深く座り直して、いたずらな顔で私を見る。


「ディゼから全て聞いた。あなたには聞きたいことが沢山あるの」

「へぇ、既にディゼとも接触済みだったか。いーよ。今日は気分がいいからいくらでも答えてあげる」

「なら単刀直入に訊くけど、あなたが黒の財団のメンバーって本当なの?」


彼が財団の一員なら、きっと七瀬の居場所を知っている。捜索のキーマンになるはずだ。


「ああ、そうだよ。僕は黒の財団、幹部のウィズダムさ」

「……そう。もう一つ、私の【操獣】とカメロケラスランスについてよ」


これもディゼと話したときからずっと引っかかっていたことだ。その疑問をウィズダムへぶつける。


「このスキルと武器は財団のオリジナルだそうだけど、このゲームでどうやって使えるようにしたの?」


シティ・モンスターズへの輸入経路を知りたい。何の疑いもなく使っていた能力だったが、もしかするとこれは気軽に使ってはいけない能力の可能性がある。


「ああ、いい質問だね。お察しの通り、ちょいとバグを利用した。いわゆる改造ってやつだね」

「やっぱりね。正規のスキルなら私やディゼ以外にも【操獣】の所持者がいても不思議じゃない。あれだけ強いスキルなのよ?」

「気に入ってくれたかな? ラクしてトップランカーへ上り詰めた気持ちを聞かせておくれよ」


ウィズダムは可笑そうに体を前に屈ませ、話を聞く姿勢になる。


「ふざけないで。ゲーマーとして、改造データを使ってしまったという事実を恥ずかしく思ってたところなのに」

「だが、そのスキルを自ら望んだのは他でもないメイアだ。そのくせ上手く使いこなせずに君を頼ったようだけどね」

「七瀬が? どういうこと?」

「彼女、弱いくせに力への執着だけは異常でね。僕が凄いスキルを開発できると知るや否や、猛アタックしてきたんだ。そいつをよこせってね」


私の表情がツボに入ったのか、ウィズダムは私を見ると軽く笑う。次にベンチから立ち上がると、満足げに続けた。


「ああ、あと安心して。メイアちゃんは今、財団に協力をしてくれているよ。だから探さなくても大丈夫」

「え……? それってどういう……」

「財団の実験が実り、次のステージに移ったってワケ。改造の最高峰さ。彼女は最早、Sランクをも超えただろうね」


彼の言う実験とは何なのだろうか。今の私には何もわからなかった。それに次のステージとは?


「メイアちゃんは探す必要なし! それが伝えたかったことさ。急に呼び出して悪いね、それじゃあ」


追えば追うほどわからなくなる。黒の財団の目的がまるで見えない。七瀬への心配は募るばかりだ。そして、やはりあのスキルと武器は改造。それなら私は……。


「アーノンとお別れってことに、なるんだよね……?」

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