第18話 ロリッ子登場

 その後も順調に記録を伸ばし続け、ついに100戦目を迎えた。この試合に勝てばAランク昇格という大切な場面。連勝数を重ねるごとに負けられないというプレッシャーは膨らんでいくものだが、今の私は不思議と落ち着いていて、控室にある時計の秒針の音が心地よく響いていた。


落ち着いているとは言っても、凪のような心持ちでは決してない。七瀬のことだけに集中して、ディゼから聞いたことはなるべく考えない。私の今の心情の根底にはそれがある。


「クララさん、間もなく試合が始まります。準備してください」

「……はい」


控室の扉が開き、スタッフに呼び出される。私は瞳を閉じて深呼吸をすると、その隣で気合を入れていたアーノンへと目を移した。


「アーノン……行こっか」

「わかったでやんす!」


アーノンのいつもと変わらない返答に胸が痛む。アーノンを操る【操獣】は財団独自のものだとディゼは言った。仮に改造スキルだったとして、ゲーマーを自称する身において、それを使用するのはいかがなものか。悶々としながらも私は88戦目以降を戦い続けた。でも、本当にこれでいいのか。どうにも私の気は晴れない。


それなのに、何も知らないアーノンは私の前で笑う。アーノンと共に戦うことに対して迷っているからこそ、その純粋な瞳を見るのが辛かった。


 廊下に出ると、すでに会場からの歓声がここまで少し聞こえてきた。その歓声へ近づくように、私たちはコロッセオまでの道をゆっくり歩く。


「これに勝てばAランクに上がれるでやんすね」

「うん、ここで七瀬の捜索を訴えたらきっと何かのヒントが得られるはず」


薄暗い廊下の中、ただ足を進めていると、アーノンが沈黙を破り私に話しかける。緊張していて、私と話して安心したかったのだろう。私がそう言うと、アーノンは満足そうに前を向いた。


「う、うわぁぁぁぁ!」


そんな大切な試合へと向かう私たちに似つかわしくない、ロリロリボイスの悲鳴が後ろから聞こえてくる。振り返るとロリロリフェイスのロリロリな走り方をしたロリロリな少女がロリロリに突進してくる。私は冷たい廊下の上に尻もちをついた。


「いてててて……」

「君、大丈夫? 怪我はない?」

「平気なのであります!」


少女はロリロリな敬礼をして答える。可愛い。


「む、そこのロリ。自分からぶつかってきて謝辞を述べないだなんて非常識でやんすよ」

「まあまあ、まだ子供なんだし、ね?」

「クララ嬢がいいのならそれでいいでやんすけど……」


私に言われてアーノンは食い下がるが、まだどこか不服そうな表情を見せる。


「君、名前は? 迷子かな?」

「私、迷子になるような歳ではないのであります!」


また敬礼をする少女。子供扱いをするな、というように頬を膨らましているが、さっきからの所作を見るにどうしても大人とは思えない。


「私はマル! 子供なんかじゃないのであります! なんてったって、強くて賢い、ロリですから!」


いや、結局ロリなんじゃん。


「で、どこに行こうとしてたのかな?」

「コロッセオに行くのであります!」

「え……同じ。もしかして、あなたが100戦目の対戦相手!?」

「ひぇえ!? で、では、あなたはあの有名なクララさんですかぁ!?」


私とマルは二人で瞳孔を開き、口元に震える手を当てて驚く。わわわわー! ってなんだよそれ、クロちゃんじゃねぇか。


「嘘でしょ……? こんな子供がBランク帯にいるだなんて、びっくりだわ」

「ん、何を言ってるんですか? 私、Aランクですけど……」


ん、んん? 困惑する私に横からアーノンが補足をしてくれた。


「確かに、ランクの昇格は連勝数で決定するでやんすから、必ずしも対戦相手がBランクとは限らないでやんすね。公平な戦力差にするためにAランクプレイヤーと戦うというのも納得でやんす。第一、クララ嬢は強すぎるでやんすからBランク後半のクララ嬢とAランクのマルとなら妥当なマッチングでやんすよ」

「ふぅん、そうなんだ。私が今までやってきたゲームは全部ランクごとに分かれてたから新鮮だなー。連勝数を重視してるからランク関係なしに、近い実力の2人を選んでいるってことね」


それを聞いて納得するが、納得できない。こんな小さなロリロリ少女がAランクだとは。


「対戦、よろしくなのであります!」

「あのー、念のために訊くけど、マルちゃん今何連勝中?」

「えっと……149連勝中でありますね!」


いやいやいやいや、戦力差とは? 私の記憶が正しければ、150連勝でSランクに昇格するはずだ。私とこのロリには1ランク分の差があると考えていい。


「……そっか、それじゃあよろしくね!」

「最高の試合をするのであります!」


マルは無垢な笑顔で敬礼した。迷子のマルの手を引き、親戚の子供と商店街に繰り出すような、そんな不思議な気分で私たちはコロッセオへと入場する。さっきまでずっと、この試合に向けての気持ちを作ってきたが、彼女の緩い雰囲気に全てを壊されてしまった。まあ、結局のところ気持ちなんて関係ない。最後に勝って、成すことを成せればそれでいいんだ。


『Aランクプレイヤー、マル。現在149連勝中。対するは、Bランクプレイヤー、クララ。現在99連勝中です』


 このアナウンスを聞いて、やっとマルが本当にAランクプレイヤーで格上なのだと心の整理ができた。それであれば、こちらも手加減をする必要はない。その相手がたとえロリッロリのロリだとしても、普段通りの戦い方でやるだけ。大人気ないとは言わせない。だって、マルは格上なのだから。


「クララさーん! お互い頑張りましょうねー!」


コロッセオの中央で向かい合うと、マルは対向から元気に笑顔で手を振る。


「うん! 負けないから!」


私は隣で佇むアーノンを見てから、自分の頬を軽く2回叩く。「相手は子供じゃない。格上だ」としつこく自分に言い聞かせる。これできっと大丈夫だ。


『戦闘開始』


試合が始まると、私とマルは一斉に初手の必殺技を発動する。


「アノマロカリスッ!」

「ヒールサークル、であります!」


マルのパワーリングがピンクに発光する。とても鮮やかなピンクだ。これがもし魔法少女モノだったら主人公にでもなれただろう。


その後マルはコロッセオの地面に足で線を引き、自分を囲むように円を描いた。


「……何をしているの?」

「ワタシにもよくわからない。まずは攻撃を開始しよう」

「だね、オーシャンズレイ!」

「承知」


マルの不思議な行動に首を傾げつつ、様子見でアーノンにオーシャンズレイを撃たせる。光線はマルの元へと近づいていき、最終的に彼女のど真ん中へと直撃する。


「よしっ! 決まった!」

「バリアー! なのであります!」

「えぇっ!?」


しかし、マルへと加算されたダメージはゼロ。さっきマルが描いた円の中ではどうやらダメージが通らないらしい。


「この線から内側は何も進入できないのであります!」

「何その小学生みたいなルール!!?」

「まだまだ行くのでありますーっ!」


マルは今いる安全地帯から飛び出し、私の元へと走り出す。


「アーノン、挟み撃ちよ!」

「承知!」


マルを再び安全地帯へ戻らせないよう、アーノンに退路を塞がせておく。その上で私はカメロケラスランスを構えて、マルとの一対一へ持ち込む。


「勝負よ、マル!」

「望むところなのであります!」


私が先制してカメロケラスランスを突き出す。マルはそれを華麗にかわし、間合いをさらに詰める。


「サクル・デスサイズ、なのであります!」


私が体制を崩したところにマルは大きな鎌型の武器をパワーリングから取り出す。


「物騒な技を見せるであります!!」


助走でついた勢いのまま、マルはサクル・デスサイズで円を描くように振り回す。私もそれに対応して、すぐに三葉虫・シェルを発動する。


「……っぶね」


攻撃を塞いだ私は体制を立て直すために、コロッセオの端まで移動する。そこでマルに追われないように、アーノンに牽制の令を出した。


「アーノン、自由にマルを足止めして!」

「承知!」


今までは絶対にできなかった指示。カイザとの戦いでアーノンを自立させたからこそ出せたものだ。アーノンはオーシャンズレイをあえてマルから外すように連発し、動きを封じる。その上で太古の牙でマルをホールドした。アーノンらしい、合理的な戦い方だ。


「あわわわわ……! 捕まったのでありますー!!」

「ナイス、アーノン! その調子!」

「クララ嬢のため、ワタシは本気でソナタを倒すッ!」


アーノンはマルをホールドしたまま、口元に大きなエネルギーを溜め始める。


「バージェスランペイジ! ……の、光線バージョンだッ!!」


アーノンが技名を口に出し、それを放とうとする。その直前で、マルはアーノンの顎元にサクル・デスサイズを押し付け、その軌道を変える。これで大きくダメージ量を減らすことに成功したマルは地面に落下すると、急いで安全地帯へと逃げ込んだ。


「あ、危なかったのであります……」

「クララ嬢、攻撃失敗だ。許せ」


コロッセオの壁にもたれかかり、今の攻防を見ていた私の元へアーノンが帰ってくる。


「大丈夫。今のは私が休憩するための時間稼ぎだから」

「それならよかった。次の指示は?」


アーノンに訊かれ、私は安全地帯で額を拭うマルを一瞥する。壁から離れ、背伸びをして体を柔らかくしてから、私はアーノンに追加の指示を出した。


「うーん、今はいいかな」

「いい、とは?」

「ゲートに入ってていいよ」


試合中にアーノンをパワーリングへ戻すという判断。これをしたのは初めてで、アーノンも驚いたように声を上ずらせる。


「この試合でワタシの役目は終わりということでいいのか!?」

「ううん、今は休憩。また必要な時に呼ぶよ。マルが安全地帯にいる内はどんな攻撃をしたって無駄だし。だったら、アーノンをここで仕舞っておけば、次の奇襲に生かせるでしょ?」

「成程。それを聞いて理解した」


アーノンは頷く。そして触手で私の二の腕を軽く叩いた。彼なりの「頑張れ」というエールなのだろう。それを済ませると、アーノンは勢いよくフィールド中央へ飛んでいき、ゲートに潜ってパワーリングへと戻っていった。


「あれ、アーノンはもう使わないのでありますかぁ!?」


安全地帯でそれを見ていたマルが両手を口に当て、大きな声で私に訊いてくる。私も同じように両手を口に当ててこれに応える。


「この試合は私にとって大切なものなの! だから、私の力で勝ちたいっ!」

「何が大切なんでありますかぁー!?」


……そろそろ頃合いか。


私はフィールド中央へ向かってゆっくりと歩き出した。攻撃されると感じたマルは安全地帯で構えの姿勢を見せるが、気にせずに進む。


観客全員が見やすいであろう位置に立った私は、そこで大声を上げる。


「私はぁッ!! みんなにお願いしたいことがあるッ!! そしてッ!! 私はその願いを成すために、今戦っているッ!!」


隣でそれを聞いていたマルがぽかーんと呆ける。


「な、なんのために戦ってるんでありますか?」


観客がざわつき始めた。お腹へ空気を溜め込み、私はさらに続ける。


「この試合に勝ったらッ!! それを全て話すッ!! だから、みんなこの試合を拡散してぇッ!!」


叫び終わり、ふぅーっと体に溜まった空気を外へ逃す。マルは安全地帯から出てきて、私のことをジトーっと見つめてきた。


「ズルいのであります。これではクララさんの戦う意味が気になって、私が勝ったらブーイングになるのでありますよ」

「……ごめん。でも、あらかじめこう言っておくことで途中で帰ってしまう観客を少しでも減らしたかった」

「私もSランク昇格がかかっているのであります。たとえこれに勝って悪役になってしまっても、私は全力でこの試合を戦いたいのであります!」

「うん、それでいいよ! これは私の問題だから、マルちゃんは気にせず向かってきて!」


私とマルは再び対面する。仕切り直しだ。マルが振るったサクル・デスサイズを私はカメロケラスランスで受け止める。武器と武器との打ち合いに、いつの間にか会場は更に盛り上がっていった。私も、マルも、この試合には負けられない大きな意味がある。マルがこの試合に賭けている想いを感じながら、私はひたすらにカメロケラスランスを振るい続けた。


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