第13話 葛藤

 公園に着き、ウィズダムさんと一緒にベンチに座る。ウィズダムさんは告白を待つ私を焦らすように、まずは他愛もない話を始めた。


「聞いたよ。ソロバトルタワーで好成績を収めたんだって? 凄いね」

「ありがとう。でも、私の力じゃないっていうか……全部アーノンに頼りっぱなしで」


私はモジモジとしながらも褒めてくれたことに感謝を伝える。


「うん、そうだね。君が強いのではなくて、本当に強いのは【操獣】というスキルさ。でもよく考えてごらん? 君のお友達のメイアちゃん。彼女は弱いだけじゃなくてスキルを使いこなすことさえできなかった。その点君は彼女より秀でていると僕は思っているよ」


ウィズダムさんはいつも通りに笑ってそう言う。それを聞いて私の恋に焦がれた乙女心は急速に冷めていった。


「待って。七瀬は弱くなんかないわ。確かにグランド・オロチには勝てなかったようだけど、この強いスキルや必殺技を集めたのは七瀬の努力のたまものよ」

「はは。メイアちゃんの努力ねぇ……。努力している奴を悪く言っちゃいけない風潮ってあるけど、あれって何なんだろうね」


ベンチから立ち上がったウィズダムさんは振り返って私の目を深く見つめる。


「努力はして当たり前。真に求められるのは結果さ。結果さえ出せられるのなら、僕は努力、さらには人間性まで必要ないと考える」

「……それは違うよ」


ウィズダムさんの行き過ぎた結果主義を私は力無く否定した。確かに結果は大事だけど、もっと他にも大事なものはある。努力も含めた成果主義こそが理想であって、結果だけを見る人間はきっと人として成長しない。


そんな私の考えを見透かしたんだろう。ウィズダムは饒舌に語り出す。


「そもそも努力してるって言ってるけど、それは本当に努力しているうちに入るのかな? 僕の見てきた人たちはみんな努力の基準が甘すぎだったよ。24時間ある一日の中で3時間頑張りました? 5時間頑張りました? 甘ぇよ。10時間やったって一日の半分すらやってないんだぞ? その程度の努力で報われないだの不平等だのぬかすから面白い。メイアちゃんはどれだけ死ぬ気でやっていたのかな? まさか、これ以上やったら精神が壊れてしまう……そんな努力もなしに弱くないと言ったわけじゃないよね?」

「何も、ゲームにそこまで本気にならなくたって……」

「だから君たちは甘いんだよ。命を懸けて生きていない人間には存在する価値すらない。まあ、普通に生きていたらまず死ぬことのない、そんな安全圏にいながら『死にそう』って言うくらいだからな。死ぬ気でやる意味なんて理解できるはずもないか」


一瞬、この人が何を言っているのかわからなくなった。今までの柔らかな表情とは似ても似つかない発言。ウィズダムさんの言葉にだんだんと棘が見え出す。


「ウィズダムさんの言う通り、私たちは平和な暮らしをしながらすぐに弱音を吐いてしまいまうわ。命を懸ける場面なんて滅多に来ないし、その感覚もよくわからない。でも、それ以前にどんな暮らしをしていようと私たちは人間なの。傷ついてしまうときだってあるわ」

「そうかもね。だが君たちは落ち込むばかりでその傷心の原因を改善するために努めようとしないから滑稽だと僕は言っている」


呆れたようにウィズダムさんは笑う。言い返したいがウィズダムさんの言い分も悔しいがわかる。七瀬を馬鹿にされて悔しいのに、否定したいのに、それが正論だと思ってしまうから返しの言葉が見つからない。


「でも、七瀬は頑張ってた! 七瀬自身、何回挑戦してもうまくいかなくて苦しかったはずなのに私にそれを頼ってくれた。諦めることって凄く勇気のいることだと思うの」


気がついたら私もベンチから立ち上がって熱く語っていた。らしくないと思いながらも、友達を侮辱されたままではいられず、言葉は溢れ続ける。


「あの日、ゲームを渡してきた七瀬の目を私は絶対に忘れない。プレイしてたらわかる。このセーブデータには七瀬の想いが詰まってるの! そんな大切なものを手放してまで、七瀬は私に自分の無念を晴らすリベンジをお願いしてくれた! その七瀬の決意は弱くなんかない!」

「だから真に求められるのは結果だって言ってんだろ。大義を成せなかったメイアちゃんは使えないゴミ。だから僕は彼女に教えてあげるのさ。死と隣り合わせの状況下でこそ身に着く真の強さってヤツをね」


ウィズダムさんは近くにあった自動販売機でコーヒーを2つ買うと、そのうちの1つを私に向けて投げる。


「それが君に伝えたかった事さ。長々と話に付き合わさせて悪かったね。これは僕の気持ちだ。受け取ってくれ」


その場から立ち去ろうとするウィズダムさんを私は呼び止める。


「ねえ!」

「ん~?」

「あなた、何者なの?」


立ち止まったウィズダムさんは沈黙した後、一言呟いて再び歩き出した。


「いずれわかるさ」






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