第12話 覚醒する超新星

 俺は今、とんでもない光景に立ち会えてしまっている。未だかつて、ここまで快勝を重ね駆け上るプレイヤーを少なくとも俺は見たことがない。


「クララ……。とんだ逸材がいたもんやな」


予想もしていなかった。クララを見送り、自分が観戦席に腰を下ろすその前になんてな。続く二回戦目も瞬きをする頃には終わっていた。三回戦目は彼女の放つ技の威力にコートが耐えきられずに崩壊。四回戦目以降は特例でSランクプレイヤー専用の強化フィールド、通称コロッセオで行われることになった。


「Eランクプレイヤーがコロッセオに立つなんて前代未聞やで」

「……早速ニュースになっているぞ。とんでもない新人がいるそうだな」

「ああ。俺が見込んでいたプレイヤーだったが、まさかこれほどとは思いもせんわ」


俺の席の隣に同じギルドのメンバーであるカルムも駆けつける。座るなり、俺にそんなことをうてきた。


「そろそろ次の試合やで」

「次で五回戦目か。噂だと試合時間よりもインターバルの方が長いそうだが?」

「せや。よく見てみぃ。目ン玉飛び出んで」


クララが五回戦目を開始する頃には彼女の噂が噂を呼び、会場は超満員。Eランク帯の試合でここまで注目されるのは恐らくこれが初や。


『Eランクプレイヤー、シザース。対するは同じくEランクプレイヤー、クララ。現在4連勝中です』


このアナウンスを聞いて俺は耐えきれずに笑ってしまう。


「はっ、どこがEランクやねん。アイツはA……もしかするとSにも届きそうな強さやで。こんだけの人数会場に集めといて、テンプレアナウンスは最早ギャグや」


『戦闘開始』


試合のゴングが鳴る。同時にクララは肩に乗せたわけわからん生き物をぶん投げて必殺技を発動する。お決まりのパターンや。


「アノマロカリス!!」

「承知!」


叫ぶと、その生き物は巨大化する。あの感じだと、体調1〜2メートルくらいか。あの化けモンがコートに出て来たらゲームセットや。アレをどうこうできるプレイヤーはEランク帯におらへんで。


「オーシャンズレイ!」


超高威力の光線がシザースとかいう相手のプレイヤーを蹴散らす。一撃。この間ざっと10秒あるかないかや。


『K・O!! 勝者、クララ!!』


「成程な。これは確かに逸材かもしれん」

「これほどのレベルならBランク辺りまではこのペースで進むやろな。下手したらウチのギルドメンバーも何人かは食われかねない」

「マッチすれば十中八九負けるだろうな。俺や影道でも怪しいくらいだ」

「ま、そこはキャリアの差だ。お手合わせする機会があるんならもちろん勝たせてもらうで」


とは言いつつも、あの化けモンは冗談じゃなくヤバい。油断していると足元すくわれる。


クララはこの後も連勝し続け、少しも危なさを感じずにBランクまで昇格した。きっと明日にはSランクにまで上り詰めてくるだろう。俺のところまで来い。そして、マッチできる日が来たのなら、その時は最高の試合をしよう。


「待ってるで」




 Bランクまで昇格し目標も達成できたので、今日のところはここで中断させることにした。80連勝というところまできて、100連勝という大台が見えてきた。100連勝できれば、晴れて私はAランクに昇格する。気合を入れて、明日からも頑張ろう。控室に戻って少し落ち着いてから、私たちは今日の戦いを振り返ってその注目のされ方に驚きつつも喜び合った。


「アーノン!! 見てこれ!!」

「ニュースでやんすか? 『期待の超新星クララ。一試合を10秒以下という驚異のスピードで決めつつ、早80連勝を達成。Sランク昇格も確実か』……って! なんなんでやんすかこのニュース!! 驚異のスピードで勝ったのはクララ嬢じゃなくてワチキでやんすよ!?」

「あはは。アーノンは私の必殺技扱いだからね。あんまりフィーチャーされないのかも」

「ひ、酷いでやんすぅ~!!」


アーノンは子供のようにじたばたする。顎の周りを優しく撫でてやると、静かになってくれた。


「まあ、アーノンがいなかったらBランクに上がれてなかったのは本当だし、今日はレストランでお祝いしよっか」

「いいんでやんすか!?」

「グランド・オロチの討伐金もまだ沢山余ってるしね」

「クララ嬢、大好きでやんす〜!!」


アーノンは私の胸元に飛び込むと、愛くるしく鳴き声を上げながら動く。アーノンを見ているとかわいくも頼もしいのだが、同時に不安や焦燥といった感情も生まれる。このニュースを見てそれを特に感じた。みんなが求めているのは私ではなくアーノンの力。私個人の存在価値は果たしてあるのだろうか。そこに私のアイデンティティはあるのだろうか。頭にそんな考えが過る度に胸がゾワっと痛む。


「私も……大好きだよ」


今口にした想いも、果たして本当か? いつかアーノンを嫌いになってしまう日が来るのではないか? この胸のざわつきが憎悪、嫉妬に変わらないとも限らない。


「クララ嬢ぉ〜!!」

「……なんて、そんなわけないか」


今のアーノンを見て感じた愛情は本物だ。私がアーノンを嫌いになんてなるはずがない。私はこの不吉な予感から目を背けるように美味しいものを求めてレストランへ向かうことにした。


 デパートの中に入っているレストランは基本的な料理なら一通り注文できるようで、私の大好きなエビチリをメニューの中に見つけるとその味を想像して口内に唾液が溢れてくる。


「アーノンは何食べる?」

「ワチキは卵がゆを食べるでやんす」

「おっけー」


注文ボタンを押すと、すぐに店員さんがやってきて、注文を聞くと厨房へ戻っていく。


「にしても本当にこのゲームは凄いね。ゲームの中なのにご飯食べれるんだ。流石にお腹が満たされることはないんだろうけど、五感があるってことはちゃんと美味しいんだもんね」

「それだけじゃないでやんすよ。食事にも大事な意味があるでやんす」


アーノンはメニューの最後のページを開いて見せる。


『炭水化物→HP増加

タンパク質→ATK増加

ビタミン→INT増加

ミネラル→AGI増加

脂質→DEF増加

ドリンク→LUK増加


和食→必殺技強化

洋食→スキル強化

中華→必殺技orスキル大幅強化』


「何の栄養素を摂って、何の料理を食べるかによって能力のバランスが変わるでやんす」

「へぇー。じゃあ、エビチリはタンパク質と脂質が多いからATKとDEFが増えるんだ! で、エビチリって和食なの? 中華なの?」


日本で作られた創作中華であるエビチリはどちらに分類されるのかよくわからない。


「言うの忘れてたんでやんすけど、そこが曖昧な料理は食べても何の変化もないでやんす」

「それを早く言え! この馬鹿エビッ! 無駄にお金払っちゃったじゃない!!」

「だがそれも一興……でやんす」

「あとでぶん殴る」


無駄にイケボなのも腹立った。


 程なくして料理が届き食卓が賑やかになると、私とアーノンはそれを口に運びながら雑談を始める。


「わぁ! このエビチリ美味しいよ! アーノンも食べる?」

「それじゃあ共食いになっちゃうでやんすよ……」

「あ、そっか。じゃあ全部私ひとりで食べちゃうよ。私、エビ大好きなんだよね〜。食糧に困ったときはアーノンを……じゅるり」

「わ、ワチキ美味しくないでやんすよ!?」


私のよだれの音を聞き、アーノンは身震いさせながらこちらを見る。


「うん、いくらエビが好きでもアーノンは食べたくないかな」

「よかったでやんす」


いくら食い意地の強い私でも古代生物を食べたいとは思わない。オパビニアなんて、噛んだら緑の液体とか出てきそうだ。口に入ると考えただけで血の気が引いてくる。


「明日はSランクまで突っ走るよ!」

「頑張るでやんす!」


アーノンが意気込んだところに、ドリンクバーのグラスを手にしたウィズダムさんが通りかかった。


「やっほ。昨日ぶりだね」

「あ、ウィズダムさん。その節はありがとう」

「ん、気にしないで〜」


ウィズダムさんは手を振りながら、卵がゆにがっつくアーノンを横目で見る。


「それにしても、あのアノマロカリスが随分可愛くなったもんだね」

「うん、私たちで決めたの。『仲間』としての関係を築くって。でも、あの不気味な姿で私についていくのはプライドが許さないってことでこの見た目に」

「成程ね。これほどまでにチャームな姿をしておきながら上級ランクのボスモンスターとはギャップがあっていいじゃないか」


私と話していたのを盗み聞いていたのか、アーノンが横から割り込んでくる。


「ギャップとは失礼でやんす。ワチキは見た目相応の強さでやんすよ!」

「ああ、こりゃ失敬」


ウィズダムさんは許可を取ることもなく私たちと相席すると、グラスに注がれたジンジャーエールを口にした。


「Sランクという上がいるアノマロカリスらしい慎んだ格好だね、と訂正させてもらうよ」

「そ、その言い方は失礼じゃないですか!」


笑顔で辛辣なセリフを吐くウィズダムさんを私は注意した。ウィズダムさんは立ち上がると、そんな私の顎を強引に掴み、唇を合わせる。


「な、何をしているんでやんすか!?」

「〜!?」


元に戻り、椅子に座ったウィズダムさんは、まるでナンパでもするかのように放心状態の私を前にして口を開く。


「この後、公園で少し話さない?」


そのままウィズダムさんは答えを聞かずにカウンターの方へ。お会計を済ますと楽しそうに私に手を振り退店して行った。


「な、ななななな……何なの、あの人!?」

「美味しかったでやんすかぁ?」

「アーノン、茹で殺すッ!!」

「ぴゃ〜、ごめんなさいでやんす!」


私は赤面しながらも興奮した。私はかわいいし、この流れだと恐らく告白だろう。急だったがウィズダムさんは顔も悪くないので、その答えを真剣に考えている私がいる。


ひとまず公園に行かなくては始まらないので、食卓に残ったエビチリをきちんと完食してから、私はアーノンをパワーリングに戻してウィズダムさんを追った。

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