第14話 異変

 今日、七瀬は学校に来なかった。昨日のこともあって心配になりながらも家に帰ると、家の前で七瀬のお母さんが私の帰りを待っていたようで、目が合い次第駆け寄ってくる。


「あ、七瀬のお母さん。どうかしました?」

「蘭ちゃん、七瀬がどこに行ったか知らない!?」


その七瀬のお母さんの一言と先日のニュースが結びつき、私は嫌な予感を覚える。


「まさか、昨日から帰ってないんですか?」

「え、えぇ……。あの子の行きそうなところは全て周ってみたんだけど、全然いなくて」

「……」


嫌な予感は的中する。最近多発している失踪事件に巻き込まれたのか。単純に七瀬が家に帰っていないのか。どちらにしても今の状態はかなりまずい。両手で顔を覆い、泣き始める七瀬のお母さんを前にして、どんな言葉をかければいいのか私にはわからなかった。


「警察には?」

「もちろん連絡したわ。でも、もし七瀬が帰ってこないってなったら、私もう……!」

「落ち着いてください! まだ帰ってこないと決まったわけじゃないです! 遠くにだって行ってないかも……」


無責任なことを言っているかもしれないが、今はそう信じることしかできない。私は泣き崩れる七瀬のお母さんを支える。


「よかったら蘭ちゃんの方でも探してもらえる?」

「もちろんです!」

「ありがとう。それじゃあ、私は街中を見てくるわね」


七瀬のお母さんは慌ただしく、七瀬を探しに出かける。それと入れ違うように男の人が私に話しかけてきた。この間、コンビニで客の人数を数えていた怪しい男だ。


「……今、帰っていない子供がいると言っていたな?」

「あなた、この前コンビニにいた……」

「その話、詳しく聞かせてくれないか」




 見ず知らずの人について行くことに躊躇がなかったと言えば嘘になるが、捜索に協力してくれるとのことだったので、私は男の人の後をゆっくり歩く。しばらくすると寂れた喫茶店に連れて来られた。店内は狭く、カウンター席しかない。その一番右端の二席に座ると、私は男に七瀬が帰っていないことと最後に七瀬と話した日のことを伝えた。一通り話すと、男の人は確信したように頷く。


「つまり、その七瀬とやらは悩んでいたんだな?」

「そう、なるのかな」


悩んでいたと聞いて、男は七瀬が家出でもしたのだと思っているのだろう。しかし私にはどうもそんな単純な問題ではない気がしてならない。最後に七瀬を見たのが屋上というのもあるかもしれないが。


「最近多発している失踪事件に巻き込まれたりは……?」

「それはない」

「その根拠は……?」


男は少しも失踪事件との関連を疑わず、確信したように答えた。


「まず、ここ最近失踪している人物はみんな家にいた人物。対して七瀬は家に帰ってこないパターンでの失踪だろう? それに、俺には七瀬の行き先に心当たりがある」

「えっ!?」


私は勢いよく席から立ち上がる。男は冷静にコーヒーを飲みながら、慌てる私を一瞥した。


「いいか、信じられないかもしれんが聞いてくれ。その七瀬とやらはシティ・モンスターズのゲームの中にいる可能性が高い」


……へ?


「はぁ? そんなわけないでしょう?」

「悪いが、嘘はついていない。彼女は恐らくゲームの世界に入り込んでしまっている」


男は真顔でそんな事を言う。馬鹿にしているのか、と思ったが彼の表情は真剣そのものでとても冗談を言っているようには思えなかった。


「それなら、信じられるだけの根拠はないんですか?」

「七瀬とお前が最後に会った日の話。それは俺の彼女が失踪した日の出来事と酷似している」


そう言われて、以前男がコンビニで呟いていたのを思い出す。


——「……カズハ」


「カズハさん、ですね? この前コンビニで呟いてるの盗み聞いちゃってて。まさか、そのカズハさんも帰っていないんですか?」

「ああ。その通りだ」


男はロケットペンダントを開くと、寂しそうにその写真を眺める。


「カズハが失踪したのは1ヶ月前。警察の力を借りても見つからず、俺はカズハの家で捜索の手がかりを探していた。そこでこれを見つけたんだ」


男が私に見せたのは一枚のメモ紙。そこにはひとつの住所と特定の日付、時間が記されていた。


「その日付はカズハが失踪した日と同じ。俺は迷わずここへ向かった。そこでとある協力者に出逢ったんだ」

「協力者?」


男は目線を正面に向けた。私もつられて見ると、喫茶店のマスターが会釈をする。


「彼が言うにはカズハをさらった黒幕は黒の財団と呼ばれる組織で、卓越した技術力でさらった人間をゲームの世界に閉じ込めているらしい」

「黒の財団?」

「シティ・モンスターズのスポンサーをしている組織だ」


どんどん話が大きくなってきているが、そもそも人間がゲームの世界に入るだなんて馬鹿げている。そんな神隠しのようなことが本当に起きているのだろうか。


「俺も最初は信用ならなかったが、藁にもすがる思いでシティ・モンスターズをプレイし始めた。そこで拾ったんだ、カズハの……このシュシュを」


男は黒いシュシュをポケットから取り出す。


「俺もまだ半信半疑だ。だが、このシュシュは俺がカズハにプレゼントしたもので間違いなく本物。ゲームで拾ったものなのに、ゴーグルを外すと俺の部屋に落ちていた」


馬鹿げた話なのに認めざるを得ない。そんなもどかしい思いを握りつぶすように、男は拳を固く握った。


「どうやら、人や物がゲームと現実の間を移動する現象は本当に起きるみたいなんだ」

「うーん……」


どうにも胡散臭く感じてしまう。だけど、シティ・モンスターズならそもそも私がやり込むと七瀬と約束したゲーム。プレイするついでにダメもとで七瀬を捜してみてもいいかもしれない。


「頼む、一度俺を信じて共にシティ・モンスターズで黒の財団について探ってくれ」

「私馬鹿だからよくわかんないけど、わかった! でも、ゲームでの捜索は深夜だけにしてもいい? 日中は普通に七瀬を探したいの」

「勿論だ。協力感謝する。ギブアンドテイクだしな、七瀬の捜索は俺も手伝おう」


こんな形で話がまとまった私たちは握手をすると、喫茶店を出た。その日は男の人と共に七瀬を捜索したが成果は出ず夜になり、場面はゲームの中。セントラル・シティへと移っていく。

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