第二部 ソロバトルタワーと失踪する友

第9話 クララから佐倉蘭へ

「終わったよぉぉぉぉ」


 そっとゴーグルを外す。時計を見ると夜の6時半。放課後3時半頃に七瀬の家に来たから、ざっと2、3時間ゲームの世界に浸っていたことになる。ゲームに没頭していて気づかなかったが、椅子に座りっぱなしで背筋が痛い。私はズキズキとする背中を後ろに反らせてあくびをした。


「もうこんな時間か。七瀬、あんまり構ってあげられなくてごめんね」

「ん、いーよいーよ。グランド・オロチ倒してくれたならね」


七瀬は自分のベッドに横になって漫画とお菓子とコーラ。そっちはそっちで楽しいひとときを過ごしていたようだ。


「ふっふっふ。七瀬さんよ、よく聞け」 

「お、この反応は……!」


七瀬は横になっていた姿勢を直しベッドに座ると、私に期待の眼差しを向ける。私はそんな七瀬を無駄に焦らしてから、両手を上げて結果を報告した。


「勝てましたぁぁぁぁ!」

「いえぇぇぇぇい!」


ベッドの上で跳ねながら、七瀬はよくわからない踊りを踊って喜んでいる。それを見ていると嫌々でも頑張ってよかったと素直に思った。


「あ、でもね、私間違って七瀬のデータじゃなくて新しいアカウントでやってたみたい。だから、攻略法を簡単に教えるね」

「……は? なにそれ。上げて落とすスタイルね。私のデータじゃなきゃ意味ないじゃぁぁぁぁん! 間違ってるのわかってるなら早いうちにやり直せばよかったじゃぁぁぁぁん!」


七瀬の落胆した嘆きの声が部屋にこだまする。それでもそこまで落ち込んでいるようではなく、学校に自転車を忘れてきたくらいのショックで収まっている。


「ま、最悪蘭の作ったデータを本垢にすればいっか。それよりも攻略法知りたいっ」

「だよねぇ。周回するのに一々私頼ってられないよ? まず大事なのがハルキゲニア・リバースでね……」


それから一時間程、今日学んだグランド・オロチへの効果的な立ち回り方を七瀬に叩き込んで私の1日は終了した。




 次の日の朝。学校に行くための身支度を済ませリビングへ行くと、お母さんが真剣な表情でテレビを見ていた。


「あれ、家事放り出してテレビなんて珍しいじゃん。なんかあったの?」

「あ、蘭。見て、また失踪ですって。しかもこの住所って家から結構近くない? 最近こんなニュースばっかりで恐ろしいわね。気をつけなさいよ?」

「はいはぁーいっと」


眠い目を擦りながら椅子に座ってトーストをかじる。朝食を食べながら私はテレビに目を移した。テレビには中学生の男の子と大学生の女性、無職の男性が映し出されていて、情報提供を求めるという内容だった。前から度々失踪事件は起きていたが、今になってその数は急増している。


殺人事件なんかはちょくちょくテレビでも見かけるが、失踪事件となるとあまり聞かない。それなのに、このところ毎日近所で失踪事件のニュースが流れているから馬鹿な私でも少しの恐怖は覚えた。


「つか、マジで近いね。今日は早く帰るよ」

「うん、そうしてくれると嬉しい」


朝から元気にならないニュースだなぁ。私は半分かじったトーストでウインナーを巻くと、それを一口。今までのマーガリンにジューシーさも加わってガツンとした味に変わる。17年間のうちに編み出した最高の食べ方だ。


『なお、失踪したいずれの人物も直前までは家にいたと見られており……』


牛乳で口の中をリセットしながら、私はテレビの情報がおかしいことに気づく。


「ねえ、直前まで家にいたならどうやって失踪するわけ? 赤ん坊じゃないんだから家の近辺で迷子なんてならないでしょ」

「言われてみればそうね。認知症となれば話は別だろうけど、みんなまだ若いからねぇ」

「まあ、いいや。行ってきまーす」

「はーい。行ってらっしゃい」


家の周りで失踪なんてみんな馬鹿すぎるな。私は鼻で笑いながら学校へ向かう。


 学校へ向かう途中、いつも利用しているコンビニでいつものチョコスティックパンとミックスオレを購入する。レジ袋を片手に店を出ると、黒ずくめの姿をした某組織にいそうな男性が計数器でコンビニから出る人数を数えているのが目に入った。その格好も相まってめちゃくちゃ怪しい。怪しい人に話しかけてはいけないと幼稚園からしつこく言われ続けてきた私だが、その人の行動に興味を持ってしまい、遠目から少し観察してみることに。


「……カズハ」


男はそう呟き、寂しそうにロケットペンダントを開く。肌身離さず常に写真を持ち歩くほどだ。余程大切な人なのだろう。


「ここのコンビニの利用者は先日と変わらず、か」


男はコンビニの客の人数を数えているようだが、一体何をしているのだろうか。しばらく集中していると、後ろから肩を叩かれる。振り返ると、頬に人差し指が刺さった。


「引っかかった! おはよ。そんなところで突っ立ってどしたの?」

「……七瀬。別に、なんでもない」

「そっか! じゃ、学校行こ!」


男の目的がまだはっきりとしないまま、私は七瀬と学校へ向かうことになる。昨日ぶりだが、やけにテンションが高い七瀬。グランド・オロチを自分で攻略できたのか……いや、恐らくその逆だろう。私は七瀬の顔を見て、そう思う。


「ねえ、無理してテンション作ってない? 何かあったの?」

「え!? い、いや、なんでもないし!」

「だって、顔色良くないよ? それに、その紙袋に入ってるのって……」


七瀬の右手に握られた紙袋を私に指摘され、焦ったのか七瀬はそれを背中に隠す。


「な、何でもない!」

「一応、これでも親友の仲だと思ってるんだけどなぁ。……何でもあるから、慌ててるんでしょ?」


その言葉に降参したようで、七瀬の作られたテンションは一気に下がっていく。これが今の素のテンションか。予想よりも大分低くて驚く。


「うん。やっぱ凄いな、蘭は。私のこと、何でもわかるんだね」

「もう2年の付き合いだしね。何となくわかるよ」

「……蘭、放課後会えないかな。話があるんだ」

「え、……いいけど、何?」


私が訊くと、七瀬はそれ以上答えなかった。元気のない声が一言だけ返ってくる。


「行こ」



 放課後になって、私は七瀬に屋上へ呼ばれる。今日一日を通して七瀬の顔色は悪く、嫌な予感はしていたが、やはり七瀬の第一声はネガティブなものだった。


「私、シティ・モンスターズ辞めようと思うの」


昨日まではグランド・オロチを倒してはしゃいでいたのに一日で何があった? 私は疑問に思いながらもまずはその理由を訊く。


「どうして?」

「やっぱり私じゃグランド・オロチに勝てない……」

「いつもなら元気に笑ってたのにどうしたのさ? 今日も私が倒しに行こうか?」

「いや、もういいよ」


七瀬は屋上の柵に手を置き、遠くの景色を見ながら続ける。


「私はゲーム不得意だし、もともと頑張ってもクリアはできなかったんだよ」

「随分と弱気じゃん。諦めないでレベリングしていけば、細かいテクニックがなくても勝てるって」

「それは蘭の話でしょ? 私は違うの。ゲーマーじゃないし、蘭みたいに技もスキルも使いこなせない……。だから」


七瀬は振り返ると私に今朝隠していた紙袋を手渡す。中にはシティ・モンスターズのソフト、ゲーム機、ヘッドホンなどの一式が全て入っていた。七瀬の目を見ても、これは冗談なんかじゃなく、本当に辞める覚悟をしたことがわかる。


「それ、あげるよ。本当は捨てようと思ってたんだけど……昨日蘭のアカウントも作ってたみたいだし、そのまま遊んで」

「いや、悪いって! これ人気のゲームだし、高いでしょ!? いらないなら中古ショップとかで売った方が絶対いいよ?」

「ううん、それは蘭が持つべきだよ。私からのお願い。そのゲームをやり込んでほしいの。私の代わりに、私が見られなかった景色を見て」

「……本当にいいの?」

「うん」


七瀬は再び遠くを見つめ風に吹かれる。夕日に照らせれたその横顔に、かける言葉が見つからない。私よりもポジティブな七瀬がこれほどまでに追い込まれるだなんて珍しい。本当にどうしてしまったのか。


「私、まだしばらくここにいるから。蘭は先に帰ってて」

「いや、待ってるよ。一緒に帰ろ?」

「今はひとりにさせて。お願い」

「……わかった。それじゃ、また明日ね!」


七瀬に元気を出してほしい。その一心で明るく手を振ってみたが、返事は返ってこなかった。少し悲しくなったが今は我慢しよう。ゲームだろうと勉強、スポーツだろうと挫折は本人が一番苦しいはずだし、悲しいはずだ。


(元気になったら、また一緒にゲームしようね)


七瀬の背中に心で語りかけてから、帰ろうとドアノブに手をかけ、ドアを閉じる直前――


「さよなら」


その声を聞くと同時にドアは閉まる。まさかな、と思ったが、万が一を思ってドアを開き屋上へ戻る。そこに七瀬の姿はなかった。


「七瀬!?」


慌てて柵から上半身を乗り出し確認するが、飛び降りたような形跡もない。


「よかったぁ……。ひとまず馬鹿なことはしてないみたいね。でも、それならどこに行ったんだろう」


屋上から帰るなら、当たり前だがまずは階段を下りる必要がある。私はドアの前にいたし、七瀬は絶対に階段を下りてはいないのだが、屋上にも七瀬の姿はない。


「なんか幻でも視たみたい。……とりあえず、大丈夫だよね?」


お母さんには早く帰ると言っているし、屋上に長居もできない。七瀬のことは心配だが、飛び降りていないのであれば詳しいことは明日本人に確認すればいい。私は深くは考えず、七瀬のゲームを持ってひとり帰路についた。




 

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