第10話 ランクを上げれば有名人!

 我が家に七瀬のシティ・モンスターズがやって来た。私は夕食を食べ、お風呂に浸かった後、昨日に引き続き『クララ』のデータを起動させる。


『ようこそ、シティ・モンスターズへ』


アナウンス音がすると、このゲームの拠点街、セントラル・シティで目を覚ます。何度見ても美しすぎる近未来の街並み。これには私も興奮してしまう。特にNPCの作り込みが凄くて、近づくと毛穴すら確認できた。実は本物の人間なんじゃないのかと疑ってしまうほどにリアルな造形をしている。


ざっと辺りを見渡した感じ、ここは様々なプレーヤーが交流する場所のようだ。ギルドの勧誘をする者、アイテムの交換をする者、ここに集まる人たちの目的は三者三様。コミュ障なわけではないが、他プレイヤーと特別話したいこともないので、綺麗な噴水の見える公園のベンチに座って、一息ついてから私はアーノンを呼び出した。


「アノマロカリス!」

「登場でやんす!」


変わらず鼻につく口調だな。それもチャームポイントの一つなのだが。私はアーノンの頭を撫でてそのかわいさに癒されていようと思ったが、アーノンは期待以上のかわいさで私に甘えてくる。


「寂しかったでやんすよぅ……」

「あはは。ごめんね」

「でも頑張ってひとりで待ってたでやんす!」

「SDアーノンはどうしてこんなに可愛いんだあぁぁぁ!!」

「く、苦しいでやんすっ!」


あまりの可愛さに私はアーノンを強く抱きしめる。さすがに苦しかったようで、解放した後、アーノンは私の肩によじ登ってぐったりとする。


「ぐでぇ……でやんす」

「ごめんごめん」

「気を付けてほしいでやんす。ワチキ、締め付けられるのは苦手でやんすよ」


肩から私の太ももの上まで移動し、もぞもぞとするアーノン。体を擦ってあげると、「ぴゃあ~」と愛くるしい鳴き声を聴かせてくれる。


「私がいない間、ゲートの中で何してたの?」

「美味しいご飯を食べたでやんすよ?」

「お、何食べた?」

「寄生虫とかプランクトンでやんすね」

「へぇ。三葉虫とかバリバリ食べてるイメージだけど食べないんだ?」


地学の資料集にもカンブリア紀の覇者と記されていたため、てっきり海中の生物を無差別に食い荒らしているものだと思い込んでいた。しかし、アーノンはその偏見を真っ向から否定する。


「ワチキの顎の力では三葉虫の殻は噛み切れないでやんす。脱皮直後ならワンチャンあるかもでやんすけどね」

「じゃあ、アーノンの捕食って必殺技、使い物にならないじゃん」

「そ、それは気合で何とかするでやんす!!」


気合だけは充分だな。期待してるぞ、アーノン!


「ねえ、アーノン。ひとつ訊きたいんだけど」

「なんでやんすか?」

「このゲームの初心者はまず何すればいいのかな?」

「そうでやんすねぇ」


グランド・オロチを攻略した今、私には目標がない。私はそれをアーノンに訊いてみた。大体のVRMMOなら、適当なダンジョンを攻略して、お金を稼いで、スキルや武器を増やして、と強くしていくのだが……。


「まずはランクを上げるでやんすよ」

「ランクかぁ。確か私はEランクだったよね? やっぱりEだと低いか」

「最低ランクでやんすね。このゲームはランク至上主義でやんす。どれだけゲームがうまくてもランクが低ければ舐められるでやんす」

「まあ、昨日始めたんだし妥当だね」


グランド・オロチを討伐できた私ならEランクを脱するのも一瞬だろう。ここでひとまず今日の目標ができた。今日中に半分より上のランクに上がろう。


「ランクはどこまで上があるの?」

「下からE、D、C、B、A、Sでやんす。ワチキはAランクだから結構エリートでやんす」

「うん、それは訊いてない」


とすれば、目指すのはCかBランク辺りか。


「ランクはソロバトルタワーでの連勝数で決まるでやんすよ。デパートでスキルや武器を整えてから挑戦するでやんす」

「おっけー、わかった! じゃあ、まずはデパートに行こっか」

「はい~! クララ嬢にぴったりの下着を選ぶでやんす!」

「今から甲殻類の美味しい茹で方を調べるでやんすー」

「じ、冗談でやんすって~!! クララ嬢~!!」


アノマロカリスの塩茹ではどんな味がするのだろう。デパートまでの道中にそんなことを考えていると、到着する頃にはお腹が鳴り始めていた。


 デパートに着いて、一番最初に寄ったのはスキルショップ。ここではスキルチップという商品を購入できて、スキルチップをパワーリングに読み込ませるとスキルを習得できる仕組みだ。


陳列されたスキルの種類はとても豊富で、守り系、バフ・デバフ、特殊系など様々。ここにある全てのスキルを習得できれば、どんな状況に追い込まれても一通り対応はできそうなラインナップ。だが、もちろん全てを揃えられるだけのお金は持ち合わせていないので、自分の固有スキルや必殺技と相性のいいものを探す。


「これ面白いね。巨大化だって。アーノンが使ったら楽しそう!」

「ただの大怪獣バトルになるだけでやんすよ……」


アーノンを使役している時点でポ○モン感は拭えないが、巨大化となると光の巨人も参戦してきそうだな。


「これはどうでやんすか?」

「【超神速】ねぇ。でも速くなっても意味なくない? だって結局相手のHPを削らないと勝ちにならないわけで、いくら速くなっても強敵相手じゃ破られるだろうし、いくら敵の攻撃をかわせてもこちらの攻撃が弱かったら負けちゃうでしょ」

「それはゲーマーだからこその考えでやんすか?」

「んー、経験則ってやつ? 確かに素早いのは戦いにおいて重要だけど、それは強い人が速くなるから恐ろしいの。私みたいにまだ全然ステータスが整っていない人が素早さを優先するのは違うなって」


レベルが低く、HPの少ない今の私に求められるのは短期決着。持久戦になればほぼ確実に負けると言っていいだろう。相手の攻撃を確定一発耐える耐久力と一撃で相手を倒す攻撃の決定力が欲しいところだ。


「その点で、私はこれがいいと思うの」

「【透明化】……でやんすか?」

「うん。グランド・オロチ戦で敵に使われて思ったんだ。この【透明化】は相手の攻撃の回避率を高めてかつ、私の攻撃の初動をスムーズに動くことができる」


どんなスキルを持っているかわからない相手を前に、様子見ができる時間を作れるのも大きなメリットだ。


「あとはこれ」


私は【戦闘ミッション】のスキルチップを手に取る。


「使うとその戦闘でランダムにサブミッション的なお題が課されて、戦闘中にそれを達成できると大きなボーナスが付与されるスキル」

「へえ。でも、使いこなすのが難しそうなスキルでやんすね」

「それがミソなんだよ。Eランクの私が唯一他のプレイヤーよりも秀でている点。それは今まで色々なゲームに触れてきたということよ。この後ソロバトルタワーのEランク帯で戦うときに、この経験値の差が絶対に生きてくる。これを無駄にしちゃだめ」

「効率をよくするってことでやんすか」

「そ。今日中にあわよくばBランクまで上げたいの。Bランクに上がるのに必要な連勝数は?」

「80連勝でやんす」


80連勝を最速で成し遂げるとしても、最低80戦はしなくてはならない。そんな長期戦でEランク帯の戦いに時間はかけていられない。脱Eランクは長くても10分以下に止めておきたいのが本音だ。


「それじゃあ、このスキルチップ買ってくるからちょっと待ってて。その後は防具を見に行こう」


 無事スキルを習得した私たちは次に防具ショップへやってくる。なんでも、ワンダー・キャロルというブランドが最高級で強いらしいがそんなのはどうでもいい。大切なのは防具ではなく防具を使いこなすプレイヤーの腕だ。最低限のダメージ軽減ができればどこの防具を身に着けたところで同じだと私は考えている。


私たちが訪れた防具ショップは『防具のナカジマ』。いかにも庶民的な香りの漂う店名だが、そんなものは気にしない。


「シティ・モンスターズの防具って、防具って感じしないね」

「スーツ、学生服、医服から軍服まで。このゲームの防具はありきたりな勇者の防具ではなく、個々人の趣味に合わせたコスチュームを身に着けられるでやんす。その上で、ちゃんと防具としての役割も果たしているから安全性も完璧でやんす」

「お洒落しながらも身を守れるのがいいね」


と言いつつ、私は個性とは全く関係なしにバーゲンのカゴに入った服を雑に選び購入した。


「そんな選び方でいいでやんすか!?」

「言ったでしょう? 最低限の防御になればいいって」


私が選んだのはトロピカルなイラストが描かれた黄色いTシャツとショートパンツ。後は防御とは全く関係がないが、マナーとして最低限のお洒落はしておきたいという気持ちで、そこそこちゃんとしたスニーカーと白い肩掛けバッグを揃える。小学生みたいなファッションになってしまったがこれでいいだろう。私らしい元気な雰囲気がよく出ている。


「それじゃ、お待ちかねのソロバトルタワー行きますか!」

「武器は買わないでやんすか?」

「カメロケラスランスがあるしいいかなって。盾は三葉虫・シェルで何とかなりそうだし」

「それは安易でやんすよ」


今まで私の考えを特に否定もせず見守っていたアーノンがここで初めて首を振った。


「もし戦闘中にカメロケラスランスが壊れたら? 相手に奪われてしまったら? ワチキがいるとはいえ、クララ嬢には攻撃の手段がなくなるでやんす」

「そんなことないよ。だってこれでも私、格闘ゲーで世界一になってるしね」

「え、えぇぇぇぇ!?」


流石にVRMMOの格闘ゲームではないが、一時期アーケードゲームにどハマりしたことがあった。毎日ゲームセンターに入り浸り、気がついたときには世界一。凄いことなのだろうが、ゲームで世界一になっても意味がないことは知っている。だからこそ自分からそれをひけらかすようなこともなかった。


「でも、どこで聞きつけたのか、七瀬だけには知られてて、それでゲームの相談を受けるようになったの。今では最高の親友だよ」

「なら安心でやんす。ソロバトルタワーに向かうでやんす」


ただでさえ飛び出している目をさらに飛び出させていたアーノンだったが、それを聞いて安堵する。それから私たちは満を辞してソロバトルタワーに向かった。


大した買い物をしなかったからか、グランド・オロチ討伐で稼いだお金をほとんど余してしまった。特に欲しいものもないので、これは今後の為に貯めておこう。




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