第8話 決着
「……いや、戦場では何が起こるか全く予想がつかない。容易く『絶対勝つ』とは言うものではないぞ」
自信満々に勝利宣言をした私の鼻を骨ごと折る勢いでアノマロカリスは冷静にそれを退ける。
「いやいやいやいや!! そこは『そうだ、勝てる、頑張ろう!』でいいんだよ! 士気が下がるでしょ!? そりゃこの世に絶対はないけどさ、気持ちの問題だってっ!」
「そうか、そういった考え方もあるのか……」
「あー、もうっ!! アノマロカリスと話してると変に固くなっちゃう! もうこの話は終わりっ。作戦を話すよ!」
私は手を叩いて話を強制終了させた後、その作戦をアノマロカリスに伝える。
「まず、さっきと同じようにアノマロカリスはグランド・オロチの脚を刈る。そうしたら上手くいけば転倒させられるってわかったよね? さっきはたまたまの産物だったけど、今回は狙って転倒させる」
「転倒させるのはいいが、見えないグランド・オロチにどうやって攻撃するのだ?」
「私の必殺技、オパビニア・アイを使う。この技を使えば透明化した敵や物陰に隠れた敵を透視して視ることができるの」
まさに対グランド・オロチのためにあるような技だ。
「ほう、確かにそれならクララ嬢はグランド・オロチを視ることができそうだが、攻撃をするのはあくまでワタシ。ソナタがワタシに位置を教えるなどと言うのだろうが、グランド・オロチ側からすれば、ワタシ達は普通に見えている。情報伝達にかかる数秒。戦闘におけるこの数秒は大きなディスアドバンテージになるぞ」
「わかってる。だからもう一工夫凝らすの」
ここがゲーマーの腕の見せ所。技を複雑に組み合わせて大きな相乗効果を生み出す。ウィズダムさんの話を聞いたこともあって、このゲームのシステムが大体わかってきた。
「ハルキゲニア・リバース。あれって使ってみた感じ、必殺技以外は大体入れ替わってたよね?」
「ステータスとHPの全てだな」
「うん。それにウィズダムさんは『その時点での』って言ってた。ってことは元の能力値じゃなくて増減した能力値を引き継ぐってことだと考えられる。とすればバフ、デバフの類も入れ替わるってこと」
「成程……。そのオパビニア・アイもバフ扱いであればワタシに付与することも可能……」
【操獣】が凄すぎて薄れてしまっているが、ハルキゲニア・リバースも中々にチートな必殺技だ。どんな手を使ったのかはわからないが、ここまでの必殺技・スキルを揃えるのには相当な時間がかかっただろう。七瀬の努力具合が伺える。
「アノマロカリスの能力値は私の弱い物になっちゃうけど、大事なのは攻撃じゃない。ここではグランド・オロチの体制を崩すのが最優先ね」
「ここまで聞いたらもうわかったぞ。崩した後、ワタシは適当な光線技を撃つ。その向かう先を参考にクララ嬢が最大火力の刹那・オルドビスランスを放ち一気に攻略を狙うのだろう?」
「正解。それじゃ、始めよっか」
パワーリングを青く光らせ、肺の中に空気をため込み、その全ての空気を吐き出すつもりで声を出す。グランド・オロチへの宣戦布告だ。
「オパビニア・アイッ!!」
視界が蒼一色に染まる。その中でグランド・オロチだけがはっきりと白く光って視えた。
「視えたっ! ハルキゲニア・リバース!」
アノマロカリスに触れる。同時に視界が元に戻り、グランド・オロチが消える。
「アノマロカリス、どう?」
「……完璧だ。グランド・オロチが鮮明に視えている」
「おっけ! 成功だね!」
ひとまず作戦の第一段階が終わり、安心しつつも次の段階へ移る。
「アノマロカリス、太古の牙!!」
「承知!」
アノマロカリスは迷いなく飛び立ち攻撃を始めるが、私には空を切っているようにしか視えなく、あのお堅いアノマロカリスだからこそとてもシュールに映る。しばらくしてアノマロカリスは帰ってくる。
「転倒したぞ」
「よし、じゃあ仕上げだ!!」
アノマロカリスに先導され私は走る。そして、アノマロカリスがオーシャンズレイを放つのに合わせて私もカメロケラスランスを強く握った。オーシャンズレイが地面に当たり、一部湿った場所に狙いを定める。
「これでトドメッ! 刹那・オルドビスランス!!」
かつての神話でオーディンが使ったグングニルのように、この一手で全てを
「やったか!?」
「まだだ! 警戒を怠るなッ!」
アノマロカリスと共にグランド・オロチが確実に倒れるまで監視を続けていると、すぐに明るいファンファーレ音が鳴り、『WIN』のテキストが表示された。
「終わったぁ~……」
それを見た途端、腰の力が一気に抜ける。幸せな脱力感だ。これで七瀬に鼻高く勝利報告ができると思うと、とても嬉しい気持ちになった。
「本来ならここでワタシの役目は終わりだが……」
そんな浮かれている私の隙を見て、アノマロカリスはゲートへ戻ろうとするが、私が睨むと諦めがついたようで、慣れないようにしながらもそこに留まる。
「仕方ない。しばらく一緒にいることにしよう」
「うん、それでよし!」
「しかし、いくら【操獣】とはいえモンスターともあろうワタシが犬のように着いて回るのはプライドが許さない。せめてモンスターとしてではなく、ペットとして扱ってくれ」
そう言ってアノマロカリスはゴツゴツとした化け物じみた見た目からデフォルメされた小さくて可愛いSD体型に変形した。ぬいぐるみのような丸い見た目に私の口角は自然と緩む。
「わぁー! 可愛いじゃん! もうずっとその姿でいなよ!」
「この姿では戦闘に不利益が生じるでやんす」
「……え? やんす?」
「この姿になると語尾がやんすになるでやんすよ」
「……プライドとか気にしてたけど、そこは大丈夫なんだ?」
「ペットなら多少の愛嬌は必要でやんすからね」
いや、そもそもモンスターからペットに成り下がるのにプライドは邪魔しなかったのかよ。
「ま、いっか。これからよろしくね、アーノン!」
「アーノンとはワチキのことでやんすかぁ?」
「うん、ペットなら名前つけないとでしょ? ……あと、そんな顔で見つめても一人称についてはツッコまないからな」
私に言われて、アーノンはしゅんと悲しそうな顔をする。今までの冷めたアノマロカリスから一変、このかわいい姿になってからは赤ん坊のように私の近くから離れなくなった。IQが下がったというよりかは、精神年齢が大幅に下がったという方が正しいか。しばらく話してみて、語彙は変わらず達者だが、その表現方法が著しく間抜けに感じられた。
アーノンと戯れている最中、私の後ろに人気を感じて咄嗟に振り返る。そこにはいつの間に現れた男がひとり、グランド・オロチの亡骸を興味深そうに観察していた。
「グランド・オロチは私たちが攻略したよ。申し訳ないけど、挑戦したかったらまたクエストを受け直してもらうしかないわね」
善意から私はそう話しかけたが、その男はゆっくりと視線を私へ移すと薄く笑い、冷たく言い放った。
「愚かだな。【操獣】を持ちながらここまで優秀なモンスターを放置してAランクの格下とお喋りとは」
男はパワーリングを操作すると、それは淡い紫色に発光する。グランド・オロチの亡骸は光の粒子に変わると、そのパワーリングの中へと吸い込まれていく。
「な、何をしたの……?」
「捕獲だよ。お前が呑気にしていたからな。今日からグランド・オロチは俺の下僕だ」
「ってことは、あなたも【操獣】を……!?」
「ああ。俺はSランクプレイヤーのディゼ。お前のような【操獣】を理解してねぇ馬鹿とは違う。じゃあな。次に会うことがあったら本当の【操獣】を教えてやるよ」
ディゼは颯爽と立ち去る。その後ろ姿からもただならぬオーラを感じた。私と同じ【操獣】を持つプレイヤー。それは即ち私のライバルというわけで、今のは挨拶代わりといったところだろう。
「大変なことになったでやんすね。ディゼはグランド・オロチを捕獲した……ってことは、あいつはクララ嬢でいうワチキのようにグランド・オロチを操れるってことでやんすよ」
「それに本当の使い方を教えるって言ってたけど、【操獣】にはもっと別の使い方もあるってこと?」
「わからないでやんす。とりあえずは戻るでやんすよ。休憩も必要でやんす」
「うん、そうだよね。今日はこの辺でやめとこうか」
グランド・オロチを倒して区切りをつけることにした私はその後、ギルド集会ビルでクエスト終了の受付を済ましてから、アーノンと別れてログアウトした。
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