第7話 力の上手な使い方

 グランド・オロチが放った火球の雨。私はそれを避けることなく最短距離を選んで走り抜ける。私のカメロケラスランスがグランド・オロチの腹部を切り裂くのに充分な距離になるまで、受けた総ダメージはざっと253。HPが12の私にはとても耐えられるダメージ量ではなかったが、今の私は受け切ることができる。


「【操獣】と他の技を組み合わせたらこんなトリックもできるんだよっ!」




——数分前


「それじゃあ、行こうか!」

「待て。クララ嬢、先程グランド・オロチの光線を受けていたが残りのHPはどれくらいだ?」


ウィズダムさんに見送られて、今行こうと岩陰から出たとき、アノマロカリスに止められる。


「大体半分くらい削られてる。あと4、5くらいしかない」

「……脆いな。まあ、レベル11のEランクならそんなものか。それで、その残りHPでゲームオーバーにならずにグランド・オロチの元まで行けるか?」

「うーん……。火球、光線、尾などの物理攻撃を全部かわすくらいの意気込みってことだよね? 確かに言われてみると厳しいかも」


いくらカメロケラスランスという強力な武器を手にしても、最初のような思い切った攻撃は今のHPだと危険すぎる。アノマロカリスは冷静にそう分析し、私に黄色信号を出した。


「クララちゃん、自分の必殺技の効果熟知してる?」

「え? 一通りは確認しましたけど……」

「本当に? 細かい効果とか、詳細は?」


ウィズダムさんはHPを気にする私たちを不思議そうに見ながら助言する。


「クララちゃんのハルキゲニア・リバースはかなり便利な必殺技だよ。近くにいるモンスター及びプレイヤーとその時点での全てのステータス、HPを入れ替えるって技。これを使えばアノマロカリスのHPをパクれる上に、それで弱体化したアノマロカリスはゲートに潜らせておけばパワーリングに収納できる。攻撃される危険性もない」

「確かに、そうすればクララ嬢のHPは500を超えるな」


アノマロカリスはウィズダムさんの説明を聞いて頷く。この作戦なら、なんとかグランド・オロチの間合いまで倒れることなく行けるかもしれない。しかし、なんだろう。さっきからウィズダムさんに不思議な違和感を覚えている。理由はわからないが、とても気持ちの悪い感覚だ。


「よし、クララ嬢。この作戦でいこう」

「うん……わかった」

 

考えても仕方がない。今はやるべきことに集中しよう。小さな岩の上に脚を組んで座り、楽しそうに見ているウィズダムさんを横目に、私は必殺技を発動した。


「ハルキゲニア・リバース!」


必殺技を発動している間に触れた相手とパラメータ交換が行われるようで、アノマロカリスに触れた瞬間、私のHPが大きく増加する。一方でアノマロカリスはHPを一気に失い弱体化した。今のアノマロカリスならミイラ男にも負けてしまうかもしれない。


「雪山で遊んだ後に風呂に入ったような脱力感だ。体がとても重く感じる。クララ嬢、しばらく休ませてもらうぞ」

「ん、ありがと! グランド・オロチに近づけたらまた呼ぶね」


パワーリングを操作すると、アノマロカリスの待機する空間へと繋がるゲートが出現する。アノマロカリスはそれを潜り、しばらく休憩となった。


「これで、最強クララちゃんの登場だ! さぁ、見せてくれ。たかがEランクでも、天才ゲーマーならどれだけやれるかをね」

「えっ……どうしてそれを?」


尋ねようとして振り返るも、その一言を最後にウィズダムさんはどこかへ消えてしまった。神出鬼没なプレイヤーだと思うと同時に確信する。今まで感じていた違和感の正体。ウィズダムさんは怖いくらい異常に私に詳しい。私の能力、必殺技、終いには私がゲーマーであることも見透かされている。初対面のはずなのに、どうして彼はここまで私のことを知り尽くしているのだろう。


「ううん、ちゃんとしなさいクララ! 今はやるべきことに集中する、さっきもそう言ったでしょう?」


自分に言い聞かせて雑念を払う。心を落ち着かせるために深呼吸もして、私は静かにカメロケラスランスを構えた。




——現在


「出番だよ! アノマロカリスッ!」


無事にグランド・オロチと間合いを詰められたところで、休ませていたアノマロカリスを召喚する。だが、今のアノマロカリスは弱い。ステータスを元に戻す必要がある。


「ハルキゲニア・リバース!」


連続で必殺技を発動し、私のHPは元に戻る。同時にアノマロカリスの高い攻撃力も返ってきて、流れで彼にも必殺技を打たせる。


「太古の牙ッ!」


素早くグランド・オロチの太い脚に斬撃を入れる。グランド・オロチは体重が重たい大型モンスター。よって、支えである脚を落とせば必然と転倒する。


「グガァァァァ!!」

「いつになくピンチじゃない? オロチさんっ!」


私たちはその隙を見逃さない。奴の首をできるだけ刈り取る!!


「刹那・オルドビスランスッ!!」

「バージェスランペイジッ!!」


カメロケラスランスを勢いよく投げつける。弾丸のようにグランド・オロチの首へ迫る必殺技は、気持ちよくスパッと3本の首を切り落とした。


「お、豊作だー!!」

「クララ嬢、こちらも成功だ」


怒りの限り暴れるアノマロカリスの最高火力技、バージェスランペイジを放った功も奏して、アノマロカリスの方でも首を3本も切り落とした。これで合計6本。グランド・オロチには残り2本の首しか残っていない状態になる。


「かなり間引けたな」

「うん、これで光線系の技も頻度は落ちるね!」


グランド・オロチはすぐに立ち上がり、残った2本の首を乱暴に振り回す。


「ほう、どうやら逆上したか。お怒りのようだぞ」

「ここからが本番ってわけね。アノマロカリス、オーシャンズレイ!」

「承知ッ!」


ゲーマーとしての経験だが、大ダメージを与えた後は休まず攻撃を続けるべきだ。ここで気を抜くとラスボスなんかでありがちな強化形態に変態させる隙を与えてしまったり、逃げるタイプのボスでは逃すきっかけにもなりかねない。


アノマロカリスは口から水を吹き出し、グランド・オロチの乾いた表皮を濡らしていく。並行して、反撃されないように私はカメロケラスランスと三葉虫・シェルをうまく使って牽制に努める。


「グ、グルガァァァ……!」

「大分HP減ってきたよ! いけるっ!」

「任せろッ!!」


絶えずオーシャンズレイを当て続け、私もグランド・オロチの身体中に攻撃を入れていく。後もう少し……! と思ったところでグランド・オロチは急に姿を消した。


「っ……!?」

「消えた……だと?」


まだ奥の手を隠し持っていたか。私は舌打ちをする。


「逃したってことでいいのかな?」

「いや、その考えは安易だ。マップにはまだグランド・オロチのアイコンが残っている」


ボスアイコンがあるということは、まだ戦いは続いているという何よりの証拠。しかし、360度どこを見渡してもその巨体は見当たらない。


「透明化なんて技を隠し持ってたなんてね。そりゃ、いくら探しても見つけるのに苦労するわけだ」


私がグランド・オロチに中々出会えなかったのも、この透明化が原因だろう。それにしても、あの巨大な体で透明化なんて逃げの技を使うのは少々驚きだ。


「クララ嬢、背中を預け合うぞ。いつどこで襲われても最小限のダメージで止める工夫をしろ」

「うん、わかってる!」


しばらくはそうして緊張感を持って身構えていたが、グランド・オロチはそれから30分以上経っても現れることはなく、私たちは岩陰で休むことにした。この間に首が再生しているかも……なんて嫌な予感もしたがあえて考えないことにしよう。勝ちが見えそうな今、自らネガティブになるメリットはない。グランド・オロチを見つける、その方法だけを考えろ。


「……! そういえばっ」


考えているうちにひとつ思い出す。私はすぐにプロフィール画面を確認した。


「アノマロカリス、戦闘準備して」

「打開策、見つかったのか」

「うん。この勝負、私たちの勝ちよ」

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