第6話 相棒

「グルガァァァ!!」


グランド・オロチの咆哮を聞き、閉じていた瞳を開く。一体、何が起きたのか。グランド・オロチには知らぬ間に大きなダメージが加算されていた。それだけじゃない。飛んできていたはずの火球の雨も嘘のように姿を消し、目の前には私を庇う形で大きな生き物の影が静かに前を向いている。


「アノマロカリス……が、守ってくれたの?」


茶色い甲殻に覆われた体。二本の大きな触手を携えたその生き物の影の正体は言わずもがなアノマロカリス。正直、あれだけ言っても頑固な彼にはわからないと思っていた。いただけに驚きを含んだ声が出る。


「……呼ばれてはいないが、あのままではクララ嬢はゲームオーバーだった。故にソナタの『仲間』としてここは守るべきだと判断し、この行動に踏み切った。これはワタシの独断だ。ワタシを使いたくないのなら言え。すぐにこの場から消える」


振り返ることなく、アノマロカリスはそう言った。しばらく放心状態で、彼が何を言っているのか理解に時間がかかったが、それが何を意味しているのかわかった瞬間、私の顔に笑みが浮かぶ。


「あなた、それって……!」

「正直、まだソナタ達の言わんとすることはわからない。所詮、ゲームの一データでしかないワタシにどうしてそこまで熱くなれるのか理解に苦しむ。だが、今のソナタの叫びを聞くに、その情熱は本物だった。ソナタは『仲間』としてのワタシを求めている……。ならばワタシはそれに全力で応えよう。操獣者マスターの意思に従う。それが、【操獣】というスキルでのルールだ」


あくまでルールだから、なのね。でも、それでも『仲間』として戦ってくれるのなら一歩前進だ。信頼関係はここから築いていけばいい。


「わかったよ。じゃあ、行こうか!」

「承知!」


反撃開始。私が走るのに合わせて、アノマロカリスも動き出す。初めての共闘。今ならどんな敵も倒せる、そんな思いでグランド・オロチとの距離を詰める。


「グガァァァァッ!!」


しかし、グランド・オロチだって腐っても上級ボスモンスター。そう簡単に攻略はさせてくれない。迫る私たちを食い止めようとグランド・オロチは巨大な尾を振り回し、暴れる。太くて硬い尾が猛スピードで動き回り、尾が触れた場所は大きな岩でも簡単に打ち砕く。グランド・オロチの周辺一帯は瞬く間に更地と化した。


「アノマロカリスはそのまま攻めてっ! この攻撃は私が何とかする!!」

「承知だっ!」


私を踏みつぶそうと落ちてくるグランド・オロチの脚を掻い潜りながら、できる限り最初のスピードを落とすことなくアノマロカリスと並行して走る。同時にアノマロカリスへ注意を向け、攻撃が当たる前に私は先回りしてそれを防いでいく。


「三葉虫・シェル!」


私の必殺技の中で攻撃の技は全てアノマロカリスに集中している。逆に言うと、私個人の技は全てがサポート技。よって、こういった所謂いわゆるタンクの役割は私に合っていると言える。アノマロカリスが敵の急所に最大火力をぶつけられるように邪魔な敵の攻撃を弾く。それが今、私がするべき仕事だ。


「っ!?」


物理攻撃が防がれることを学習したグランド・オロチは一瞬動きを止めたと思うと、前の火球よりも数倍威力の強い光線を繰り出した。私はそれを三葉虫・シェルで受けるが、それでもHPの半分が一気に吹き飛ぶ。まともに受けると即ゲームオーバーなこの威力。恐らくグランド・オロチの持つ最強の技だ。


「あいつ、まだあんな大技隠し持ってたのかよ!!」


さらに厄介なことに、グランド・オロチの頭は八つ。あの光線を打つには若干のタメが必要なようだが、光線は一つの頭から放たれる。つまり、一つの頭が光線を打ち終わる頃には別の頭のチャージが完了してしまっている。タメから打つまでの時間という大技のデメリットを八つの頭で完全に帳消しにしてしまっているのだ。これではいくらグランド・オロチに近づこうとしても、光線で牽制されてしまう。迂闊に近寄れない。


「アノマロカリスッ! 先に頭を対処しよう!」

「ワタシも同じことを考えていた」


アノマロカリスは地上から空へ飛び立つ。そしてそのままオーシャンズレイを放ちグランド・オロチを怯ませる。ミイラ男のときに見せた水の光線技だ。


「今のうちに敵から離れるぞ! 作戦を立て直す!」

「おっけー!」


アノマロカリスに言われるまま、私はグランド・オロチの視界から消えるように岩陰に隠れる。私たちを見失ったグランド・オロチはまた火球を広範囲に放ち攻撃を試みるが、私は三葉虫・シェルを傘のように上に向けて持ち、アノマロカリスを守りつつグランド・オロチを攻略する勝ち筋を探る。


「やっぱり、近距離より遠距離攻撃の方がキツい。あいつの頭を早く何とかするべきだね」

「ああ。だが、問題は頭の数だ。さっきの光線もそうだが、敵の攻撃は頭の数だけ自由に飛んでくる。頭を攻撃するとして、その前に別の頭にしてやられるぞ」

「参ったね……。そうすると、八つの頭を同時に攻略するっていうどっかの刃みたいな器用なことをしなきゃいけなくなる」


私とアノマロカリスで二つずつ。いくら頑張っても四つが限界か。


追撃を食らう可能性はあるが、グランド・オロチの頭を四つ落とせるだけでも充分大きなアドバンテージにはなる。やはり今見せるのは攻めの姿勢だろう。グランド・オロチの攻撃は強い。いくら頑丈な守りでも、それを受け続けたらタダでは済まないからね。


「まずは二人でできるだけ多くの頭を戦闘不能にさせることだけを意識してやってみようか」

「いや、それはいいんだが、クララ嬢は攻撃の必殺技を持っているのか? 素の攻撃で頭を刈れるほど敵の守りは甘くないぞ」

「うーん……。だよねぇ……」


眉間にシワを寄せ唸る私。アノマロカリスも彼なりに打開策を考じているようだが、「これだ!」というものは上がってこない。そんな私たちを見かねたのか、遠くからこちらへと何者かの足音が近づき、私の肩を叩く。


「じゃあさ、君が攻撃の必殺技を打てれば解決ってことだよね!」

「そうだけど……あなた誰!?」

「あはは、誰とはひどいなぁ。僕はウィズダム。たまたま通りすがったさすらい戦士さ」


いかにも好青年な雰囲気をした、ウィズダムと名乗る男はそう言って笑う。高身長のイケメン。黄緑の髪色が少し奇抜だが、それも、フードを被っている今はさほど気にならない。それよりも彼の着ている紫のパーカーも相まって『ブドウみたいな人』なんて印象を持ってしまった。持ってしまったら最後、もうそれにしか見えなくなってしまって笑いそうになる。


「確かにクララ嬢が攻撃の必殺技を打てれば状況は変わるかもしれんが、『もしも』を憂いたところでそれは戦場では無意味だ。これは事前にクララ嬢も攻撃ができるように調整をしなかったワタシ達にやってきた、いわばシワ寄せのようなもので、今ではどうしようもないこと」

「や、どうしようもあるよ」


アノマロカリスの言葉をウィズダムは一蹴する。そして、私にひとつの武器を渡した。


「使ってみてよ」

「これは?」

「カメロケラスランスだ。見ての通り、チョッカクガイを模したランス武器さ。ユニークだろう? 君の横にいるアノマロカリスを見てピンときたんだ。この武器は君が持つと映えるなって!」

「は、はぁ……」


カメロケラスも有名な古代生物だ。いつかの休み時間に七瀬が熱弁していたのを覚えている。その長く鋭い貝にそのまま取っ手がついた武器。試しに持ってみると、その大きさからは想像もつかないほど軽く、振り回すことも簡単にできた。


「なにこれっ! ちょー使いやすい!!」

「でしょ? しかも、普通は武器を使った必殺技も通常の必殺技と同じように必殺技スロットの枠をひとつ埋めないと使えないけど、この武器は特別仕様なんだ。この武器自体に必殺技が保存されてるから、必殺技スロットを使わない。つまり、この武器を握れば必殺技の設定をしなくても誰でも即興で必殺技が打てるってこと。ほら、解決した!」


ウィズダムさんに言われて武器を調べてみると、私の必殺技スロットはすでに全て埋まっているが、確かに必殺技を使えるようだった。


「『刹那・オルドビスランス』ってのがこの武器の必殺技みたいね」

「その技は確定で相手の急所にダメージを与える。余程の敵じゃなければワンパンで沈められる強力な技だ」


鼻高く、得意げに説明するウィズダムさんだったが、アノマロカリスはその説明を疑い深く聞いていた。そして疑問点があったのか、それを口にする。


「しかし、そんな強力な武器があるのならみんなこぞって使うはずだろう? なぜ武器の使用率ランキングに上がってこない?」


それを聞いて、私はパワーリングから武器の使用率を確かめる。アノマロカリスの言う通り、カメロケラスランスの文字はどこにもない。


「この武器の入手方法はちょいと特殊でね。まあ、今は気にせず使ってみてくれ。僕も戦闘データを回収したいんだ」

「……わかった。使ってみる」

「クララ嬢、いいのか?」


アノマロカリスは未だ疑っていて私の返事にも不服そうにしていたが、グランド・オロチを攻略する方法としては、この武器を使って二人で攻める。これが一番理想的だ。


「うん……。ぶっちゃけ私もゲーマーだし、見たことない武器があったらまずは使ってみたいってのが本心かな」

「承知した。では、ワタシも操獣者マスターに従おう」


私はカメロケラスランスを握ると、岩陰から少し出て辺りを彷徨うグランド・オロチを確認する。


「じゃあ、頑張ってね。健闘を祈ってるよ」

「はい、ウィズダムさん。武器の提供、感謝します!」


ウィズダムさんに見守られながら、私たちはグランド・オロチに再戦を挑むため岩陰から飛び出す。

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