第5話 真の『仲間』とは

 結局、アノマロカリスとわかり合うことなく孤独な冒険を続けていた私はそれから数時間歩き続けた。荒野マップと言うだけあってか、いくら歩いても景色は変わらず、単調な橙色に目眩を起こしそうだ。すり減っていく体力に合わせて繰り出す一歩は遅くなるのに、額を垂れる汗の量は増えるばかり。こういうとき、励まし合う仲間の存在が大きいのだろうが、生憎私のアノマロカリスはドライなご様子。空いている私の左側を見ながら、水を一口喉に通した。


「くぅぅぅぅ! どうして水はこんなにも美味しいのですかねぇ。これだけ美味しく水飲めるんならCMとか出れそうじゃない? 私」


暑さにやられてこんな自惚れた独り言も出てきてしまう。まあ実際、私ってかわいいし。ゲームに出会ってなかったらモデルさんとかやってた自覚はある。


「ザボォォ!」

「……また出てきた。もうそろしんどいよ」


岩陰から出てくるサボテンのモンスターに私は音にもならないため息を吐く。ザコモンスターとの戦いもこれで何回目だろうか。私は近くに落ちてある石を拾ってサボテンに全力で投げつける。


「ザボーッ!」


必殺技を使うまでもなく倒れるモンスター。私はプロフィール欄を見る。この数時間でレベルは11にまで上がっていた。流石にザコモンスターの相手をし過ぎたか。逃げてもよかったが、出会った敵は全て倒したくなるのがゲーマーのさがだ。


「つーか、グランド・オロチが全然出てこないんだけど」


地図を見ると、グランド・オロチのいるエリアと私の現在位置はほとんど同じ。そろそろ出てきてもいいころだが、なかなか出会えずにいる。


「いい加減にしてよ……。ゲームだから死ぬことはなくても五感を感じられる以上、数時間荒野で独りぼっちはきちぃって」


ゲームだが、ゲームじゃない。息は途切れるし、痛みも感じる。VRMMOの醍醐味、メリットでもあるが、こういったジワジワとくるタイプの苦痛は面白くない上にどこからが辛いかの基準もわかりにくいから対策もできない。


心と体はトートロジーだ。疲れてくれば心は折れやすくなるし、ネガティブになれば体はすぐに動かなくなる。だからこそ、こういった踏ん張り所では心身ともに高次元に保つ必要がある。しかし、精神面はなんとかなっても体力面ではそうはいかない。人間である以上、限界は個人差あれど確実にやってくる。


「グランド・オロチは出てこないし、もう嫌だ……」


そうして疲労がたまった私の口から弱音が零れる。一度心が暗い方へ行けば、その他の暗い部分に目が行くようになる。今まで堪えてきた独りに対する寂しさが大きくなる。


この広いマップの中に自分ひとり。誰も頼ることができない寂しさには、どんな人にだって負けそうになる時があるものだ。


ここが限界か。ここまで心も体も削られてしまえば、グランド・オロチと戦ったところで勝つことはできない。諦めて調整し直して、明日また挑戦しよう。


そう思ったときだった。


――ズドォーン……


怪物ヤツは酷い。今までその影の断片すら見せなかったのに、怖いくらいに静かだったっていうのに、私の心が弱ってきたその瞬間、それを嘲笑うように、踏みつぶすように現れた。


「グランド・オロチ……。なんてデカさなの!?」


その一踏みで大地が震え、八つの首がうねる度に強風が吹く。こんな巨大生物をどうして見つけられなかったのだろう。卵のような丸くて大きい胴体は鎧のように頑丈な皮膚で覆われ、そこから各方向に伸びた首。その先には龍の顔が睨みを利かせる。脚は二本あって、巨体を支えている分、神木のような太くてゴツゴツとした見た目をしている。


「やるしかないかッ!」


グランド・オロチを目掛けて走る。猛暑、息も上がり限界状態の足では『走る』とはとても言えないスピードだったと思う。それでも走る。


空が薄暗くなり上を向くと、グランド・オロチの脚が自分を踏みつぶさんと迫っていた。


「うおっ!? 危なっ!」


間一髪攻撃をかわし、敵と距離を取る。すると次はグランド・オロチの口から火球が放たれる。絶え間ない攻撃は逃げることも許さない。下手に動くとこんがり焼き殺されてしまいそうだ。私はパワーリングにアカウントキーを差し込む。


「三葉虫・シェルッ!」


三葉虫の甲羅を模した盾を生成し身を守る。これで致命的なダメージは避けられるが、やはり根本的な解決にはならない。


「やっべぇ……。あのペースで攻撃されたら流石の私でも何もできないぞ」


ずっと盾を構えて立ち止まっていても、グランド・オロチのHPを削り切らない限りクエストのクリアにはならない。わかっているが、動いたら火球に焼かれて終わり。万一全て避けられたとしても、初手のように踏みつぶされる可能性も依然としてある。


やはり、仲間が欲しい。それだけでも取れる選択肢の数は変わった。グランド・オロチの注意を引き付けているうちに……なんて作戦も今の私では絵に描いた餅だ。


「……! くそっ!!」


『仲間』――この存在を無意識に頼ってしまった。私はそんな自分を戒めるために太ももを強く叩く。


私に『仲間』なんていない。必要ない。


私にとっての仲間は『仲間』ではなくただの『力』だった。それなら使いたくない。それなら孤独でいい。


は『力』なんかじゃないっ! 『仲間』なの!! あなた自身がそれを否定するうちは、私は絶対あなたを頼らないッ!」


パワーリングが振動する。アノマロカリスからのメールだった。


『そんな悠長なことを言っている場合ではないだろう。おとなしくワタシを召喚すればすぐにでも状況を変えられるのだぞ?』

「うるさい……。うるさい、うるさいうるさいっ。うるさいッ!!」


ひと際大きな火球に直撃し、三葉虫・シェルが弾かれる。それを確認したグランド・オロチは大きく咆哮し、ここぞとばかりに大量の火球を放つ。


「七瀬がどんな気持ちで、どんな想いであなたを【操獣】していたのか。どんな表情であなたを見つめていたのか! 今一度よく考えなさいっ!!」


火球が地面にぶつかり破裂する。そんな爆音がいたるところで響き続ける中、私は体の底から声を張り上げた。もう、攻撃を避けるとか、防ぐとか、そんなことは考えていなかった。ただ、私の、七瀬の相棒に対して感じた怒りを叫ぶ。


『……なぜ今メイア嬢の名を出す。彼女は確かにワタシの操獣者マスターではあるが、それとワタシを使わないこととは全くの別問題だ』

「あなたが七瀬に対して取った態度が、どれほど彼女を苦しめていたのか。どれだけ大きな好意、期待を裏切ったのか! よく考えたらわかるでしょう!? 七瀬は古代生物マニアで、あなたは古代生物の王者なのよ!?」

『無論だ。メイア嬢が古代生物を好んでいる故の【操獣】対象がワタシであったと解釈している』


頭が硬ぇんだよ、馬鹿海老が。硬いのは甲殻だけにしとけ。


遂に私の正面にグランド・オロチの火球が迫り、正面からそれを受ける。勢いよく吹っ飛んだ私の体は大きな岩に打ち付けられ、地面に伏す。


「ぐあぁッ……!! う゛ッ!」

『早くワタシを召喚しろ。それで万事解決だというのに、なぜ頑なにワタシを頼らないのだ!?』

「……心が弱って、グランド・オロチにどうして勝てるっていうのよ。あなたを『仲間』として見ていた七瀬にどうして応えてあげないの!?」

『だから、今はクララ嬢の戦いだろう? 何故メイア嬢の話をする? いいから、黙って【操獣】すればいいものを……』


服に着いた埃を払い落としてグランド・オロチを見据える。確かに、アノマロカリスを使えば攻略はできるんだろう……けど! 


「七瀬はグランド・オロチを攻略できずに私を頼った。勝てなかった原因は単純。心が勝つ方になかったから。心が暗かったらできることもできなくなるの」

『勝てなくてクララ嬢を頼ったなら、クララ嬢がワタシを使って勝てばいいだろう』

「だめよ。ここで私がグランド・オロチを単に倒してもそれは七瀬の次に繋がらない。あなたが変わらなければ、ここで勝ってもきっと七瀬はまた負ける。七瀬の力を引き出せるのはあなたしかいない。そして、力を引き出せる存在こそが『仲間』……。あなたが本当にただの『力』なら、七瀬の心をここまで揺さぶることなんてあるはずがないのよ」

『成程……。一理ある』


グランド・オロチは再度火球を飛ばす。次をまともに食らえば、ゲームオーバーは必至だろう。


「仲間になる、ならないどっちでもいい。ただ、自我を持ちながら『仲間』になりたい七瀬の想いを有耶無耶にして、『力』として中途半端な関係を維持し続ける……。そんな……」


ここが正念場だ。アノマロカリス、あなたはそれでも自分を『力』だと言うの? 一歩下がった存在で居続けるの? そうであるなら諦める。あなたが変わらないのなら、ゲームオーバーだ。私も、七瀬も。


「そんな無責任な『仲間』ならいらないっ! そんな『力』なんて使いたくもないっ!」


私に火球が飛んできた瞬間――

眩しすぎる閃光と衝撃が辺り全てを包み込んだ。





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