第5話
図書委員の業務を終えてから、フランボワーズに向かった。前と同じ窓際の席に、神崎がいた。
「待ったか」
「待った」
2杯の空のコーヒーが置かれていた。
神崎は、宿題のプリントをやり終えて、喫茶店に置いてあった週刊のマンガ雑誌を見ていた。
「図書委員だったから」
「先に言ってよ。来ないのかと思った」
「よく待ってたな」
「わたし、待てる女だから」
そんなに堂々と宣言することか。いや、神崎の自信か。待っていれば、そのうち必ず来ると。
俺は、とりあえずコーヒーを頼む。
「本を貸す約束か」
「それもある」
「それも」
まぁ、他にも問題はある。あるが、どうしようもないことは、時間が解決するしかないものだ。人の噂も七十五日。クラスの話題が過ぎ去るのを待つだけ。
「本は、これとか」
神崎が、バックから出したのは、男の子に読んで欲しい小説一位の恋愛小説。当然ーー。
「読んだことある」
「そう思って、もう一つ準備しておいたよ」
そう言って、出したのは、映画化される予定のミステリ小説。昭和最後の難事件を解く物語。言うまでも無く。
「読了済みだ」
「・・・・・・朝倉くんってミーハーなの」
「ミーハーは、流行を追う人ではなくて、もともと興味がないのに、話題になったらのっかる人のことだ。それに、もう死語じゃないか」
「文学オタクは違うってこと。ところで、ミーハーの語源って何なの」
「漢字博士とかでもない。スマホで調べればいい」
「いけずだなぁ。ggrksと」
「そこまで言ってないが。というか、それも死語に近い気がする」
「それで、ネットにはない情報を得たんだけど」
脈絡は会話の文脈の中でよじれているようだ。まぁ、会話の主導権は、完全に神崎に丸投げだしな。
「朝倉くん、中学時代にカノジョいたんだって」
「いたが」
「プレイボーイ――」
「別に、関係ないだろう」
「ネットによると、中学生で彼女がいる割合は、一割ぐらいだよ」
いったい、なにを気にしているのか。
まさか、カノジョいない歴イコール年齢じゃないことに、いらだっているのか。
もともと、そこをからかわれて、元カレ役を頼まれたわけだし。
「幻滅しました。恋愛に興味ないとか言って、読書しながら、やることやっていることに。おこです・・・・・・」
どうやら、正統派ヒロインは、元カノはアウトのようです。
「で、どうすれば」
「あれ、おこは死語じゃない?」
「神崎、そこにツッコミ待ちをしていたのか」
「まぁ、少しは。言葉に注意したがる文学青年に、揚げ足をとられてみようかと。憮然は、そういう意味じゃないとか」
「いらないことをしないでいい」
「朝倉くんは、もっと地の文みたいなしゃべり方しないの」
「なにを期待しているんだ」
「小難しい言葉、使わないのかなって。辟易しましたとか」
「今、まさに辟易はしている」
「あはは。そうだね」
神崎さんは、口に手をあてて笑う。
「でも、難しいなぁ。朝倉くん。なんでも読んでそうだし」
「なんでもは読んでない。読んだ本だけだ」
「それもそうだけど。やっぱり、女の子が読むけど、男の子は読まない系がいいのかな」
「――そこはかとなく恐怖を感じるんだが」
「変なのは貸さないって。あ、少女マンガとかは、どう」
喫茶店で少年マンガを読んでいる少女の提案。
「それは、本なのか」
「マンガも立派な本でしょ。女性ファッション誌とかの方がいい」
「変な二択を迫るなよ」
二者択一の心理テクニック。中華にする、イタリアンにする、と尋ねることで、他の選択肢を見えないようにする手法だ。
「じゃあ、映画見に行こう」
「何が、じゃあ、なんだ」
「あれ。極端な選択肢を見せたあとに、ちょうどいい選択肢を示せば、受け入れられるって」
「どこの恋愛テクニック」
「商売テクニックだけど。高品質だけど高いもの、低品質だけど値段が少しはる物を準備して、最後に、ちょうどいい性能と値段のものを――」
「どれが、どれだか分からない」
少女マンガと女性ファッション誌と映画デートを並べられても。何をどう比較したらいいのか。
「それで、神崎は、どれがしたいんだ」
「映画行こう。やっぱり、映画デートは学生のうちにしておかないと。元カレと、これぐらいはあって不思議じゃないでしょ。まだ、元カレ準備は終わってないぜ」
神崎がビシッと、決めている。まだまだ完璧な元カレじゃないらしく。そんなものを目指す気はないんだが。完璧な彼氏を手に入れようとすればいいのに。
「で、結局、本は?」
「朝倉くん、待てる男だよね」
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