第4話


 チャイムが鳴ってから、教室に戻った。

 周りの好奇の目が気に触るが、もうどうでもいい。演じればいいだけだ。少し付き合ったことがあると。


 半年といっても、時間には密度がある。付き合っていても、ガツガツと毎日メールで連絡し合うような関係もあれば、半年間に、2、3回しかデートしない関係もある。


 会話の量も時間に比例するとは限らない。

 無難に終えること、それが一番だ。



 五限目が終わっても、話しかけにくる奴はいない。そう、こんな読書ばかりやっている人間にーー。


 読書という殻を飛び越えてくるのは珍しい。もはや読んでいるというより、ただ文字を目で追っているだけだが。


「そのカバー下は、どうなっているのかなぁ」


 本から目をあげると、神崎がいた。声で分かっていたが。


 神崎は、空気を気にするということを知らないのか。いや、知っていてやっているのだろう。タチが悪い。


「そうだな、女の子のエロいイラストだ」


 ブックカバーは、それを隠すために発展してきた。……嘘だ。


「そ、そんなの、読んでたの……お宝探してるんだ」

「冗談だ。間に受けないでくれ」

「魔が差したの」


 はぁ、冗談好きな人間と関わると、ツッコミが忙しくなる。別に、わざわざ変にボケなくていい。さっきは、意地悪で、ふざけてみたが。


「それで、なんだ、元カノ」

「えっとね——」


 神崎は、耳元に囁くために、口を近づけてくる。誤解を与えかねない近さだ。元カレでなければ、勘違いする距離だ。


 元カノ曰く、「いつもの場所でーー」

 そんな場所はない。

 けど、唯一の場所はフランボワーズだろう。そこに来いと。

 今日は図書委員なんだが、と言おうとしたが、囁き終えると、さっさと離れていってしまった。




 6限目が終わり、放課後は、図書委員として作業をしていた。カウンター業務。いつものことだ。


 すでに一部電子カード化しているので、カウンターに来るのは、延滞者や、普段図書室をあまり使ってないカードを作ってない人ぐらいだ。


 暇すぎると、本の補修やラベル貼りを司書から言い渡されるときもあるが、だいたいは適当に自習や読書をしていて許される。


「先輩、神崎先輩と付き合っていたんですか」


 二人一組で担当するカウンター業務のもう一人、御影志帆みかげしほが、何気ないふうを装ってきいてきた。


「噂、早すぎないか」


 もう後輩に広まっているのか。さすが神崎の注目度。恋愛ごとは、一気に火の手があがるなぁ。


「じゃあ、じゃあ、やっぱり、ホントなんですか!?若い獣欲を撒き散らかして、すでにもう——」


「図書館ではお静かに」


 すでに、なんだ。尾ひれが立派すぎる。退屈しているから恋愛ファンタジーが羽ばたいている。

 とりあえず、その御影が読んでいるような本の展開にならない。妄想は、ほどほどに。


「はっ、ごめんなさい、先輩。でも、先輩も付き合っているなら、言ってくださいよ。こそこそしないで。もう少しで、私、交際をお願いしていましたよ」


「嘘をつくな。今はフリーだが」


「あ、いえ、わたし、元カノいる人、無理なんで」


 この後輩はーー。まぁ、予想の範疇はんちゅうだ。

 そして、それなら出会った時には手遅れだよ。


「純愛相手に、元カノなんてサイアクじゃないですか。これでも潔癖症なんです。清楚なんです」


「その手に持っているのは——『乙女のバイブルです』」


 少女マンガのようなコテコテの展開のライト文芸を抱きしめる御影。そして、どう考えても、それは純愛ではない。そこそこ仲良し三人組の取り合い物語だったはず。バッドエンド直球の——。


「キャットファイトは見ていて楽しいですね。最後は、悲しみの向こう側に行ってくださいね」

 

「……」


「ん、待ってください。先輩、まさかお試しで練習相手で神崎先輩を」


 そんな、まずいことに気づいたような顔をするな。一人で完結しているんだよ。

 刺される展開は、折り畳んでおいてくれ。


「妄想を現実に持ち込むな」


 後輩の頭に、本の背をコツンとぶつける。


「先輩、せめてホライゾンか姑獲鳥レベルでないとダメージないですよ」


「鈍器を武器にする趣味はない」


「じゃあ、防弾チョッキ代わりですね」

 



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