第3話

「へー、へー、付き合ってたんだ」


 昼休み。

 クラスの声に耳をそば立てることは、ほとんどなかったけど、今回は違う。もしかしたら、こちらに火の粉が飛んでくるし、受け答えを間違えるわけにもいかないから。ドッキリ大成功と、神崎が、種明かしするまでは、上手く立ち回らないといけない。


「これってーー、朝倉。え、朝倉と付き合ってたの?」


 神崎の友人の声が、耳に入る。大きな声のせいか、クラスの注目が、神崎たちの方に向かっているのが分かる。

 まさか、ここで、始めるつもりなのか。


「え、え、えーっと、朝倉と神崎、付き合う、恋愛的意味で」


 なんで、そんなカタコトなんだ。それほど青天の霹靂へきれきだったか。俺も、同意見だ。絶対にありえない。


「ほら、写真もあるよ」

「え、ホント、見せて見せてっ」


 女子二人のトークに、クラスは沈黙させられていった。気になって仕方ないけど、会話に割り込める空気はなかったようだ。


「で、どこまでいったの」


 小声で耳打ちしているつもりだろうけど、声は、静寂のクラスルームに響いた。


「えっとーー」


 神崎がこちらを見る。打ち合わせ通りに、キスだと答えていいけど、もっと噂が広まらないようなところでーー、俺は神崎にアイコンタクトを取った。俺が言いたいことは伝わったはずだ。


「恥ずかしくて言えない……」


 意味深だった。

 クラスの静寂に雷が落ちて、完全に感電したかのように動きを止めるクラスメイトたち。


「ちょっと来て。朝倉くんとやら」


 神崎の友人に呼ばれた。三ノ宮だったか。下の名前は知らないな。神崎に比べると、少し幼い顔立ちだ。ショートカットにしているし、身体もしなやかそうだし、きっと運動部なのだろう。


「はいはい」


 俺は両手を挙げて、神崎たちが食事している机に向かった。


「というか、神崎、こんなところで話し始めないでくれ。心臓に悪い」


「ごめん」


「ほら、神崎、もう十分だろう。本当のこと言ってやれよ」


「うん、そだね」


「え、なに?」


「実はーー、半年間、隠れて付き合ってました」


 はっーー。

 俺は神崎の口をとっさに塞ごうとしたけど、さすがに、本当に付き合ってもいなかったので、ためらってしまった。

 絶対に、止めるべきだったのに。


「半年間、え、ずっとーー、えっ、でも別れてるんだよね」


「うん、価値観の差で。彼が、俺にピッタリの相手を探すんだっーー」


 二度目の失敗は犯さない。俺は、神崎の口を閉じ込めてやった。これ以上の風評被害は困る。死守だ。大丈夫、クラスの連中には聞こえてない。


「どういうつもりだ。バカ」


「こっひの方がおもひひょいかなって」


「全然、面白くないんだが。さっさと訂正しろ」


 俺は、神崎を解放した。 


「ごめんね、わたしの勘違いだったみたい。付き合ってはなかったみたい。うん、わたしが勝手に思い込んでいただけみたい。だから、気にしないでね」


「だーかーらー、ちょっと来い」


 盛大に誤解を招きそうだ。訝しげな目で、三ノ宮が、こちらを見ている。いや、怒気を込めてそうな目になっている気がする。

 俺は、逃げるように、神崎の手を引っ張って、屋上の方へと向かった。後ろで、クラスの沈黙がバキバキに壊れていく音がしたけど、無視した。





「どういうつもりだっ」


「え、だって、元カレのふりをーー」


「ちょっと、友達を驚かして、おしまいじゃなかったのか」


「そんなこと、わたし言ってないけど」


「ドッキリ大成功で終わるんじゃないのか」


「え、墓の下まで持っていく秘密でしょ」


「「…………」」


 完全に意思疎通の根本がずれていた。

 ちょっとした元カレ契約だと思っていたけど、どうやら永久に元カレのようだ。一度別れたら、二度と元カレだったことは消えないように。

 もっと、つめておくべきところをつめておくべきだった。写真とか設定とかよりも、契約内容の方が大事だったのに。


「冗談だろ。ずっと、元カレを演じろってことか」


「そうに決まってるよ。わたしが一度吐いた嘘をひるがえすとでも」


 嘘は訂正しろよ。というか一度目の嘘に、二度目の嘘を塗り固めるな。そういうめんどくさいことから、さらにめんどくさいことが起きるんだ。


「ということで、よろしくね、元カレ君」


「全く割りに合わない契約だ」


「えー、わたしの初めてを奪ったくせに」


「言葉の上でな。事実は無根だろう」


 しかも、いまだ、初めても何も、問題は生じていない。

 まだ、訂正できるか。

 三ノ宮を説得してしまえば、クラスの方もなんとかーー。


「でも煙がないところに火は起きないって」


「思いっきり煙だけ出てるんだよ。それと、煙と火が逆だ」


「多少の行き違いやすれ違いはあったかもしれないけど、そういうところをお互い理解し合いながら、ニセの元カノカレ関係を続けていけたらと思っています」


「そんな表明があってたまるか」


 取ってつけたようなセリフをーー。


「まぁまぁ、わたしみたいな美少女と付き合っていたってなれば、他の女子からもアプローチが来るかもよ」


「人に、恋愛に興味なさそうみたいなことを言っておきながら」


「一度した約束は絶対だよね」


「もう分かったよ。今更、きっと手遅れのようだし。適当にやってやるから。騒ぎを起こすな。火に油を注いで、風を送るなよ」


 問題は大きくしないことが大事だ。余計に騒ぐから、炎上は広がるのだし。


「分かってるよ。よし、元カレゲット」


「さっさと彼氏をゲットしろ」


「女の子に命令とか。朝倉くんって、俺様系?」


 さっきまでのことを忘れたかのように、ニコニコと笑っている神崎。

 俺、そこまでのトラブル耐性はないぞ。


「はぁ、やっぱり、俺はーー」


 神崎という人間を、全く理解していなかったようだ。

 どこが正統派ヒロインなのだろう。

 自由奔放で悪魔的ーーファムファタルの間違いだった。

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