第2話

 あれを付き合っていたと言えるだろうか。

 相川あいかわしずくは、ただ同じ場所で、同じ時間を過ごしたたけだ。

 俺は、ただ本を読んでいた。

 雫の方は、本を読んだり、漫画を見たり、音楽を聴いたりしていた。

 会話は少なかったけど、別に嫌いな時間ではなかった。

 不器用な青春の一ページというには、あまりにも何も起きなかった時間だった。


 だから、彼女と別れた。

 幼馴染という腐れ縁で、付き合った彼女と。

 きっと、もっと恋人らしいことがしたいであろう彼女と。 

 ただの幼馴染と変わらない日々に、貼り付けられた恋人というレッテル。


 定番の断り文句だ。

「他に好きなやつができた」


 本当は、今は、読書しかする気が起きなかったから。こんな無駄な時間に雫を付き合わせるのが、気の毒だったから。命短し、恋せよ乙女ーー、わざわざ読書馬鹿に付き合う必要はないんだ。

 雫だったら、別に他の男子とも付き合えるだろうし、それに、もっと生産的に自分のために時間を使っていい。

 わざわざ俺を追いかけて、放課後を図書室で過ごし、図書館で休日を過ごしたり、という中学生活を送ることはないんだ。


 そうして、俺たちは中学時代の恋人関係を終えた。




 ◇ ◇ ◇


「まずは、写真を集めましょう」


 元カレだったという証拠のために、神崎が提案したことだ。カレシカノジョだったということを、一目で分かりやすくするためだ。隠れて付き合っていたという設定で、しかも、このための写真を撮っているところを見つかるわけにもいかないので、俺たちは、隣町まで来ていた。



 隣町のK駅で集合することにしていた。神崎は、さきに到着していたようで、駅の入り口を出たところですぐに見つかった。

 神崎は、白いシャツにフレアなスカートを着ていた。どことなく制服を着ているときよりもカッチリしているように見える。ガーリーな服装というより、フォーマルさが強いが、落ち着いた雰囲気がよく似合っている。


「あ、朝倉君」


 神崎は、足早に俺の方へと歩んできた。


「今日は、よろしくね」


 すでに、神崎と話し合って、公園やボーリングやゲーセン、ショッピングモール、タピオカ屋など、学生がデートで行く場所をぶらついて、いい感じの写真を撮ることが決まっている。

 ちょっとした悪ふざけに付き合うだけのことだ。実は元カレいました、と神崎が自分の友人に見栄をはって、あとはネタバラシでもして終わりだ。からかい返せば、満足だろう。


 役得ーー、こんな美少女とデートの真似事ができて?

 どうだろう。

 あまり、そういう感情が湧かない。

 そういえば、雫とデートらしいことしたこと、ほとんどなかったなぁ。


「朝倉くん、ほら、行こう」


 俺は、笑顔を見せる彼女の後に続いた。


 写真撮影は、つつがなく完了した。

 いい感じのスポットで、いい感じに写真を撮る。それだけのことだ。日時や季節のおかしさが映り込まないように、ズームで撮っていった。自撮り棒が大活躍した。二人のツーショット写真が、偽のアルバムを作りだしていた。


 コロコロと表情が変わる神崎は、雫とは対照的で、活発な雰囲気だ。やっぱり、大人しい正統派ヒロインという印象は、遠くから見た時の感想だったみたいだ。これなら、服装も、もっとラフで動きやすい方が合ってそうだ。


 ひと段落ついて、何処でも見かけるコーヒーチェーンに落ち着いた。壁には、幾何学模様のような現代アートの抽象画がかかっている。


「楽しんでる、朝倉くん?」


 神崎は申し訳なさそうな顔する。


「楽しいよ。クラスで一番の美少女とお茶しているわけだから」


「そんな理由で楽しまれてもーー。そっかぁ、わたし、美少女だったか」


 コーヒーをスプーンで回す神崎。


「呼ばれ慣れてるだろ」


「そういうことに興味ないと思ってたから」


 サラッと言われた神崎の言葉。

 そうだ。当たりだ。興味ないんだ。

 色恋とか恋愛に進む気は全くなかった。新しい恋人を作ったりすると、雫を傷つけてしまいそうで。

 そう、俺も嘘をついている。本当にする気のない嘘を。

 他に好きな人なんていないのだから。


「ああ、まぁ、たしかにーー」


「やっぱり、朝倉くんは、本が好きなの?」


「どうだろう。以前は、なんか必死に読み漁っていたんだけどな」


「飽きちゃったんだ」


「そうかな。燃え尽き症候群みたいな感じ」


「お眼鏡にかなう本がない」


 本は非生産的で、無意味なものだ。

 読まないことに越したことはない。大量の本を中学の時代に読んだ結論は、できるだけ読まないということだった。

 全ての本にたいしたことは書いていない。何もなかった。空っぽの文字が、高揚感あふれる高みにさそうけど、期待だけ高まった後に、イカロスは地に落ちる。太陽に届いたところで、それも意味はない。


「一冊の本を探していたんだ」


「一冊の本……珍しい本なの?」


「いや、そういう稀覯本や初版本とかではなくて、自分のためだけに作られたような、そんな本」


「あ、わかった。厨二病でしょ、それ」


 厨二病と言われれば、そうなのかもしれない。心理的には、同じようなものを求めていたんだ。別の世界、全く違う世界を、見せてくれることを。


「はは、辛辣だな、神崎はーー。まぁ、そういう本を求めていたんだけど、そんなものないんだって気づいたんだ」


「え〜、もったいない。見つけに行けばいいじゃない。もしかしたら、あるかもよ」


「本は、所詮、本だ」


「でも、ロマンチックだよ。たしか、世界史で習ったけど、ギリシャの恋愛は、自分の半身を探すんでしょ。本だって、出会うべくして出会う一冊の本があるかもよ」


 女の子と付き合い過ぎて、愛が何かを忘れたプレイボーイみたいだな。

 なんで、こんな話しているんだろう。


「じゃあさ、わたしも一緒に探してあげるよ。一冊の本。一人より二人の方が見つけやすいでしょ。今回の元カレ役のお礼に」


「フィーリング頼りの発掘作業だけど」


 お礼と言いながらも、目が笑っている。何か面白いものを見つけた猫のような瞳だ。


「ふっふっふ、アンテナの出来が違うのだよ」


「神崎は意外と、面白い奴だったんだな」


 今日だけで、神崎のイメージがグラグラしまくっていた。正統派ヒロインだと思っていたけど、冗談好きで快活な性格のようだ。好奇心が猫を殺さないといいけど。


「意外って、これでも、クラスでは、みんなを笑わせてるんだけど」


「いや、まぁ、そうなんだろうけど、ハハハッ」


「それで、禁書目録とか発禁本とか古文書を探せばーー」


「だから、俺を厨二病扱いするなよ」


「ロゼッタストーンとかも探す範囲に入ってたりするの」


「俺は考古学マニアでもないし、古典文学マニアとかでもないから」


「うん、よし。わたしが気に入った本、貸してあげるよ。わたしのイチオシ、だよ」


 嫌な予感がする。


「…………BL本とか渡すなよ」


「朝倉くんは、女子高生に対して、どんな偏見を持ってるの」


 いや、神崎に対してだが。

 グッと堪えておこう。


 結局、定期的に、神崎からイチオシ本を受け取る約束ができてしまった。元カノは、どうやら積極的に交友してくるようだ。

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