戦略窃盗のテーマ①




 あたしは『学校エタール』で計画を練った。真夜中の寮で夜な夜な蝋燭をけて、机に齧り付きながら書き上げたのは、月乃の暗殺計画――いえ、勘違いしないで。

あたしはまだ空想がちな子供だったし、あのときは精神的に追い詰められていたから、きっと3月のウサギみたいに頭がおかしくなってたの。……計画は、できあがったときはとても良いものにみえた。

完璧な戦略ストラテジー、思い出すたびに胸が震えた。この通り実行されれば邪魔者は消えて、こんな惨めな生活からもきっと抜け出せる。それから毎日、あたしはひたすら計画のことだけを考えた。

同級生からのいじめも、教師たちが課す居残りや宿題や苦役も、折檻中の棒叩きなんかも全然平気だった。あそこでは動物以下の扱いだったけど、いつか見返してやるって敵意を燃やしてた。

 けれど計画書は途中で盗まれてしまった。身の回りにあるものは文房具、衣服、ノートから、ときには身に付けている装飾品まで、何でも誰かに盗まれる生活だったから、

秘密の場所に隠しておいた計画書がいつのまにか失くなっても不思議じゃない。けど、さすがにあたしは落ち込んだ。それより怖かったのは、

もしあの計画書のことを誰かが王室に暴露ばらしたら、あたしは反逆者として処刑されるかもしれないってこと。しまった、あんなの書かなきゃよかった、心だけに留めておけばよかったんだ。

あたしは本気で後悔した。閣下、許してくれるかな。あれは小説ファンタジーなのって言えば、怒られるだけで済むのかなぁ。

 だけれど、いつまで経ってもそんな場面はやってこなかった。閣下からの呼び出しは一回もなかった。そのまま半年後。あのとき『学校エタール』は長期休暇で、あたしは久しぶりにファミリア城に戻ってた。

懐かしい城内に感動して、まず目についた部屋に入ってみると、いつも灰色の服を着てる地味子のシンディがいた。ひとりで何かやっている。閣下が出かけてることはもう知っていたから、あたしは訊いた。


「あれぇ、お留守番?」


「ええ」


「ふぅん。月乃もいるの?」


「旦那様と一緒に出発されました」


ふぅん、そうなんだ。また閣下と一緒にいるんだ。それにしてもシンディ、いつも閣下の身の回りのお世話をしてたのに、今はさせてもらえないんだね。


「ねぇシンディー。あいつ、死んじゃえばいいと思わない?」


「何を言うんですかっ――!?」


怒鳴られた。


「別にふざけてないよぉ。だって閣下に付いてて邪魔だもんあの女。それに今回の遠征は危ないんだしぃ、ゼロじゃないでしょ?流れ弾にでもあたっちゃえばいい」


あたしは包み隠さず本心を打ち明ける。シンディが同意してくれると思って。でも、――


「リドル、悪い冗談はやめなさい」


「はぁい。ごめんなさい。てへっ」


謝ったけど。別に悪びれるつもりなんてない。あたしがこのコに伝えたかったのは、もっと他人に敵意を向けることを覚えたほうがいいよってコト。

だって閣下を取られてるのに、全然悔しそうにしてないんだもん。そんなのずるい。きっと他の王妃たちもみんな月乃のこと恨んでるに違いないのに、自分はオトナだからって言い訳して我慢してるだけなんだ。

シンディも、スノウも、ルカも、レッドローズも、レイチェルも、ローサも、イストワールも、あたしたちはみんな同じなのに。

「みんなの心はひとつだよ」あたしはそう言い残して部屋を立ち去った。


 悪い冗談はほんとになった。月乃はいなくなった。あたしがかつて思い描いた計画書通りの構想シナリオで。ほんとにびっくりした。きっと誰かがあの計画書を盗み出して、勝手に実行したんだ。

誰が? わかんない。でも何の為かは分かる。あたしが書いた通りの方法で月乃を殺せば、いざという時あたしに罪をなすりつけることができるからなんだ。

いかにもどこかのこ狡い大人の考えそうなこと。けど、いざという時なんてやって来ない。計画は完璧で、誰もが事故と疑わなかったから。


「ねぇ閣下。あたし、いじめられてるの……」


それからあたしは『学校エタール』をいち抜けた。閣下付の政策立案者になった。周りの同級生も貴族オトナたちも、あたしが王族だから閣下に特別扱いしてもらったなんていい顔しなかったけど、

下っ端の貴族がいくらあたしに敵意と悪意を向けたって、閣下に愛されているという事実には敵わないんだから。あたしこそ閣下の将来のお嫁さん、この国の未来の王女、それで誰も逆らえない。

 月乃がいなくなってから、この上なく、ものすごく満ち足りた毎日だった。すべてあたしの予想通り。

ただひとつだけ思い描いたのとちがって、閣下は少しだけ元気がなくなったけれど、いつかそれも治ると思ってた。

なのに、どうして、あたしはまた『学校エタール』に行かなきゃいけないらしい。なんでも閣下がこの城を去って、後のことは全部貴族たちに任せるなんて……そんなの有り得ないよ。

だってあいつらの政治がどれほどひどいか、閣下は知ってる筈だから。そのニュースを聞いて、あたしは一目散に外庭へ飛び出していった。


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