アリストクラートと少女リドル②
「ねぇ閣下、お城から出ていくってどういうこと!? 嘘でしょ? 約束はどうなるの!?」
少女はいきなりだった。何もかもいきなりなのだった。だから俺はきょとんとした顔を浮かべた。もちろん心当たりがないので。マヌケ面を傾げる俺に、少女は信じられないという
「うそつきぃ! うそつき……ぐすん」
そう駄々をこねてほとんど泣き出す。 ??? 俺は意味が分からない。幸いなるかな、そこへ親切にもスノウが耳打ちしてくれた――この黒髪の少女の名はリドル。
リドル・リンデ・ラシオニリといって、ラシオニア大公令嬢にしてファミリア国の第三王妃だという。じゃあ少なくとも肩書上は、シンディやスノウと同位の存在ってことになるわけか?
というよりも、貴族階級に統治を禅譲することが、この少女にとっては裏切りになる……?
「あたしと一緒に自由な国を作ろうって約束したのに、どうして……ぅぅ……どうして。なんで忘れちゃうのよぉ?」
3
回想――リドルの回想
→子供の頃のあたしはいつも泣いてた。毎日のお稽古ごとが嫌だったから。あたしは姉の代わりだった。泣いても喚いても許されない、家庭教師たちは口を酸っぱくしていった。
「なんですこのひどい成績は!わかっておりますか、あなたはラシオニア大公家の正式な跡継ぎなんですよ。世に出ても恥ずかしくない貴族のしきたりをちゃんと身に着けなさい。
言葉遣い、エチケット、マナー、それに音楽や詩学の嗜み、すべて暗記しなければいけません!」
まだあたしの憶えてないほど小さな昔、姉は勉強ノイローゼになって自殺した。教師たちは口々に姉を罵ってた。あたしは姉よりも成績が悪いと罵られた。
お父様とお母様は、自分たちもこういう風に育てられたんだから、って鼻を高くしてた。あたしの味方なんて誰も居なかった。彼が来るまで。
「無意味なスパルタはやめろ。だいいち子供っていうのはもっと自由に外で遊ぶべきだろ。非効率な見せかけの『伝統』にいったい何の意味があるんだ!」
閣下はあたしを庇ってくれた。おかしいことにおかしいとちゃんと言ってくれた。だからあたしは閣下のことが大好き。それがあたしの生きる意味。
「悪風は捨てなきゃいけないな、俺の目標は新しい国だ。もっと皆が幸せになれるような自由な国にする。リドルも応援してくれるか?」
あたしと閣下は約束した。ふたりでもっとファミリアを楽しい国にするって。あたしは頑張っていろんなアイデアを出した。閣下はすごく褒めてくれた。とても実直でユニークな考えだって。
斬新で素敵なアイデアだって誉めてくれた。閣下はあたしの思いつき通りにルールを変えてくれることもあった。嬉しかった。
「あたし、閣下のお嫁さんになる!!」
「はは、良いんじゃないか。でも相当先のことだぞ。大きくなってからな」
「えへへ」
貴族のやることは意味の分かんないことばかり。ちょっと前も急に猫を飼うことが流行って、
召使は前を横切られるたびに猫にむかってお辞儀をしなくちゃいけなくて、もう大混乱。みんなちょっと働くのにも苦労して、ケガさせて罰を受けないかびくびくして、つまみ食いやフンに困ってた。
閣下はこんなのは莫迦だといって、
それから誕生日パーティ。あたしはあれが大嫌い。誕生会に招待した
集まっては贅沢に馬鹿騒ぎしているだけ。あんなことをする貴族はみんなバカみたいに思えた。だからあたしは閣下にお願いして誕生日パーティの開催を禁止にして貰った。
あたしが10歳のお誕生日を祝わなくてから数日後、閣下は知らない女と並んで歩いてた。月乃とかいう|異国人《ノーフォーク)で、閣下と同じ世界から来たって。
なにそれ。閣下と一番の仲良しあたしだったのに。
それと同じくらい嫌なのは、あたしはもうすぐ『
他の貴族たちと交流する事が教育に良いなんて力説して、集団教育をするって。きっとあの女のせいだ。あたしは勉強しなくて良くなったはずなのに、
変なマナーも変なお辞儀も習わなくて済んだはずだったのに、あの女が全部変えたんだ。
あたしは閣下とあの女が創建した『
もっと悪いことに、誕生日パーティを廃止したのはお前だといってみんなからいじめられた。今度は誰も助けてくれなかった。泣いても叫んでも、閣下は助けに来てくれなかった。
あたしはずっと計画を練ってた。このみじめな生活から脱出するための。
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