ハートのジャックの余罪②

                    米


 長旅のともに、スノウが護衛の騎士を付けてくれた。ファンタジー世界には白波はくは、いわゆる野盗とかがよく出てくるイメージなので、きっと騎士を護衛につけて旅するのは常識なんだろう。

 で、朝食のあとに件の騎士と顔合わせをする。扉を開けてはいってきたのは、スノウよりも真っ白い髪と赤い瞳をした健やかな女性で、謁するやしとやかに跪坐して口上を述べた。


「はじめまして、です。ワタシ、白騎士団のランスロット、よろしく、です」


うん? なんか片言だが、まあいいか? 俺のそばに控えるシンディが、すぐにその訳を説明してくれた。


「ランスロットは上級貴族ジュ・ドンネではありませんから、素晴らしい言語ワンダフル・ランゲッジを少ししか操れないのです。仕方ありません、これは教育の違いですから。

戦う騎士が優雅な言語を身に着けても、実生活にて益する所は少ないでしょう」


きけば、どうやら俺も普段から話しているこの日本語は、フォークという世界のファミリアという国では上流階級だけが話すことを許された高級言語ハイレベルの地位にあるらしい。

さしずめヨーロッパ史のラテン語のようなポジションだ。なんでもある程度以上の貴族ならみんな、幼い頃からのみっちりした詰め込み教育によって、

章典や祈祷文などに使われるこの素晴らしい言語ワンダフル・ランゲッジを習得するという(ファミリアを肇国した人物って、

もしかして現実世界ノーフォークからチェンジリングで異世界召喚されてきた日本人だったりするのではあるまいな?)

 したがってファミリアでは必然的に、日本語を自由に操れることが「かっこいい、洗練されている」という羨望の基準になる。平安貴族のあいだで巧い和歌を送れる人間がみんなにモテたように、

ファミリア貴族の間では美しい日本語を使う人間が高い人気を誇る。そればかりか、フォーク語しか話せない庶民のあいだにも日本語を理解し俗用することをかっこ良いととらえる文化があるようで、例えば庶民が鉱山労働に用いるシャベルは「ホル」と呼ばれているが、これは日本語の「掘る」からきている(貴族が使うような言葉を自分たちも真似て使うことをかっこいいと思う文化がまずあって、そのような呼称が定着したわけだ)。

ちなみに大陸の別地方では英語がそれとまったく同じような地位にある。この大陸でもっとも強大な帝国とされるカテゴリアでは、地主貴族たちはみな現実世界ノーフォークの英語で会話することを尊ぶという。

これってまた異世界フォーク現実世界ノーフォークのつながりが日本だけではないことを感じさせる気がしないでもないけど、まあ深くは考えないことにしよう。


「とにかくランスロット。これからは色々と世話になると思うけど、よろしくな」


できるだけゆっくりとした声でかつはっきりと、かといって自然なイントネーションを保ったまま俺は語りかけた。ゆっくり話したのは聞き取りやすいように、あくまで自然なイントネーションを崩さなかったのは、ランスロットが少しでも正しい日本語を学ぶことができるようにだ。

件の女騎士は俺の言葉を聞くやいなや、頬を赤らめて憧れと恥じらいの入り交じった表情を浮かべた。

どうやらあまりにも優雅な素晴らしい言語ワンダフル・ランゲッジの響きに酔いしれ、それをうまく操れない自身を恥じているらしい。

ちなみに普段、ファミリア貴族が庶民に日本語で話しかけることは絶対にない。階級差をはっきり示す必要があるからだ。

だからこそそこ行く農夫に日本語で話しかけようものなら、その意味こそ解さないものの、感動のあまり涙を流し、大路を転げ回って感謝の意をあらわす者もいるという。

まとめるとこの世界では日本語を話せるというだけで誰にでも敬われるし、誰にでも驚かれるし、誰にでも格好いいと思われる、じつにすばらしい新世界である。優しい世界でもある。


 さて、着々と準備はととのいつつあった。これなら数日中にラティシアのレーテーへと出発することができる。ランスロットとの面会を終えてシンディとの打ち合わせで進捗を確認したあと、

俺は安心して華胥の国へ遊びに行った。

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