ハートのジャックの余罪①
『チェンジリング・リバース――チェンジリングは無二の禁呪であるが、その派生魔術と呼べるものが少なからず存在する。
召喚術についての一般的知識を有する者であっても、この術の存在と意義について熟知している者はほとんどいない』
――『フォークの魔女とソフィアたちの飢餓』より
第7証言 ハートのジャックの余罪
「やあシンディ、おはよう!」
明るく挨拶をする。明くる朝が巡ってきて、俺は無意味に気分もすぐれていた。
「おはようございます。旦那様」
応答するこの妃はシンディ、ファミリア連合国の第二王妃である。こっちに来てから(一日前のことだ)というもの、俺のことを一貫してサポートしてくれてる、しっかり者で頼もしい存在である。
「なあシンディ、俺って
俺はもう一人の自分から、このファンタジーワールドにおける一国の国王という地位を受け継いでいた。チェンジリングの魔法によって、その俺はいま現実世界にいて俺を満喫している(、はずだ)。
「はい、受け入れられる範囲なら、旦那様の望みを何でも聞き入れましょう」
どうやらシンディは手伝ってくれるようだ。本当にもの分りのいい娘で助かる。頼みはこうだった。
「月乃が一年前に消息不明になった場所、レーテーの峡谷を見に行きたい。いいか? ひとりじゃ無理そうなんだが」
俺は月乃のことをまだ諦めてはいなかった。だから探してみたい。彼女が居なくなった場所。月乃がこのフォークにいたという形跡を、少しでもこの目で確認したい、
あと、この世界に広がっている風景も見たいなんていう少々の下心も兼ねて、レーテー峡谷までの小旅行を提案したのだ。
「お安い御用です。数日中に馬車を手配しますね」
「まじか。ありがとう!」
シンディの譲歩によって交渉はうまくまとまった。そこに起き抜けのスノウがあらわれた。
「ふわぁ。あらご機嫌麗しゅう。陛下様、ご一緒に朝食でもいかがですの?」
スノウはファミリア国の第一王妃で、ちょっと嫉妬深くて被害妄想の激しいところはあるものの(自分以外の王妃を全員処刑しろだとか)、
でも、基本的には俺のことを想ってくれている良いやつだ。奴さん今朝も純白のドレスを着ていた。
「スノウ、おはよう。俺は月乃について調べようとしてるんだけど」
*それに対するあまりスノウの反応は薄かった。平素と変わらぬとり澄ました表情でしらをきっている。俺には昨夜から気になっている議題があった。
シンディの「この世界の月乃を葬ったのは8人の女王のうちの誰かかもしれない」という報告だ。だから借問した。
「月乃の死について、何か知ってることはないか?」
それに対して、スノウはよどみなく受け答えしていわく、
「夭折されましたわね。とても残念でした、すごく有能な方でしたから。それにとてもびっくりしました、あまりにも突然でしたから」
「そっか。知らないんだな。よかった。もしお前がそんなことに少しでも関わってたなら、俺は一生お前を許さないところだった」
そう言ったときスノウの顔に生じた微細な変化を俺は見逃さなかった。
「………おい」
「は、はい。」
「ところで昨日、自分以外の王妃は全員邪魔だみたいなこと言ってたが、どうして月乃だけは特別なんだ? もしかしてあいつのことも邪魔だったんじゃないのか?」
「……ぎくり」
「ぎくりじゃねぇ!」
俺は本気で腹を立ててた。やっぱり月乃のことを邪魔だと思ってたんだ、じゃあ何かしら暗殺計画に関わっていてもおかしくはない。
月乃がこの世からいなくなったとはまだ限らないけど、一種謎めいた消息不明になっている経緯を一番知ってそうなのは、やはり暗殺の首謀者とその周辺だろう。
だったらそこを引っ張り出せばいい。何としてでも真相を突き止めてやるつもりだ。
「なあシンディ。この城に拷問部屋ってあるか?」
俺は冷然と振り返って訊いた。もしあったとして、一国の王女をそんな部屋に連れ込めるのかは疑問だが、しかし半分は本気だ。スノウは動揺しながら懇願する。
「い、言っておきますけど妾はか弱いですから、あんまりハードなプレイはできませんのよ?」
「だまれよ。お前は月乃のことが邪魔だったんだろ!」
俺は問い詰めながら、あとずさるスノウを壁際にまで追い込んで行くと、スノウは慌てたように弁解した。
「陛下様はふたつ、大きな勘違いをしておられますの。ひとつは月乃様のことを疎ましく思う立場にあったのは、
妾たち8人の王女全員だったということ――もちろんそこに立っているシンディとて例外ではありませんわ。
そしてふたつめは、妾が信じられないのは陛下様以外の人物全員ということ、別に月乃様だけが特別疎ましかったわけではありませんもの」
「つまり月乃は全員から恨まれてたし、お前はそもそも全員を恨んでたから可能性は低いってわけか? あれ? シンディも月乃を恨んでた……?」
俺がその言葉に引っかかりを覚えていると、後ろからシンディがあわててアナウンスした。
「旦那様。ただいま拷問部屋の予約が整いました。地下牢までご案内いたします」
「陛下様! あの失礼な女を即刻に塔の処刑部屋まで連れて行ってくださいまし!」
俺はふたりを交互に見つめた。もし俺の人生がギャルゲーだったらここで「A:拷問部屋 B:処刑部屋」みたいなメッセージが出る局面だが、選択肢が不吉すぎるだろ。
シンディが俺の服の袖を引き引き報告した。
「旦那様。拷問部屋の鉄板を温めておきましたから、お部屋のほうは温かいですよ。はやく行きましょう」
このようにシンディがスノウを拷問部屋に送ろうとしているのは私怨か、それとも職務への忠実さゆえか、その表情からは何とも伺えない。俺はスノウに対して銜めるように言い聞かせた。
「なあスノウ、事件について知ってることを全部喋ってくれたら、俺は許さないなんて言わないよ。スノウのことは面白くて結構好きだし、それほど悪いやつだとも思ってないしな。
要するに、いま持っている限りの情報を何でも良いから提供して欲しいんだ。できるか?」
その厳たる態度に気圧されてか(自分で言うとか何でも有りだが)、渋々といった感じでスノウは口を割った。
「――『ハートのジャック』ですわ。あの事件について妾の何か知っていることといったら、それだけ」
「ハートのジャック……誰だ? ほかの女王じゃなさそうだし、事件の実行犯のことか?」
「妾も、何のことだかさっぱり……けれどハートのジャックが犯人だったら、素晴らしいことじゃありません? 妾は無実ですもの。ね?ね?」
と、スノウは許されしなそう燥いだ。俺は曖昧に済ましつつ、何とか手掛かりも手に入ったし、あとは一刻もはやくレーテーの峡谷に向かうことだと考えていた。
あれ、でもこれって別にスノウが許される理由なんてないんじゃないか? ハートのジャックのことも知っていて、ますます怪しくなってきたわけだし。
「よし。とにかく拷問だ、拷問にかけよう」
シンディはそれを聞いていよいよ浮き足立った。
「陛下様!? そんな! お約束はどうなりますの!?」
スノウがそう叫んだので「誤解させてしまって申し訳ない」と弁解するべきか迷ったが、
「さあ、諦めましょうスノウ」
逡巡するまえにシンディがみずからスノウの腕を掴んで引き立てようとする。触るなといってスノウは暴れる。もう大騒ぎだ。この混乱をしばらく眺めてからあと、俺はいった。
「もういい。もういいよ、そのくらいで。ただし今回の旅行にスノウはついてくるなよ。いいな?」
「そんなぁ…妾もご一緒したいのに」
スノウはそういって迚も残念がったが、こいつには他にすることも無いんだろうか……
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