9番目のQueeneのアノマリー①
『デッドコピー――同一対象のフレニールを魔術によって無限に増殖することはできない。
フレニールのフレニールにはある種の情報欠損が生じるためである。この状態はスタベーションと呼ばれる。
チェンジリングによって軍隊の大量生産をなそうという試みは、歴史上、常に悲惨な失敗たちによって否定されてきた』――『フォークの魔女とソフィアたちの飢餓』より
第6証言 9番目のQueeneのアノマリー
「もうこの世にはいません」
→シンディにいわれて俺は愕然とした。いわく、月乃はかつてこのフォークに異世界召喚されてきたが、いろいろあって、不慮の事故で逝去したという。
それは驚くべきことであると同時に、納得できる最後の間隙を埋めるピースでもあった。
もうひとりの俺が元の世界へ帰ろうと決意したのは、フォークの月乃が死んでしまったからなんだ。フォークで月乃が死んだからこそ、
現実世界でまだ生きているはずの月乃のもとへ戻り、再会しようとした。けれど偶然、現実世界でも月乃は病気で死んでしまっていた。
さらに、現実世界で月乃が病死した事実を俺が伝えなかったと同様に、あいつはフォークで月乃が戦死したという事実を伝えなかった。まったくの似た者同士だ。
俺が月乃のことを言い出せなかったのは、月乃を守れなかったことを責められるのが怖かったからだ。
もう少し早く病院の検査を勧めていれば、優秀な名医を探してくるコネと力があれば――もっと別の結末があったのではないか、そんな
「くそ、なんでだよっ!」
やりきれなくなって、俺は傍にあったナイトテーブルを鉛直方向に思い切り殴りつけた。衝動を掻きならす自責の念からだったが、シンディはなにか勘違いしたようで
「お願いですから、旦那様を責めないであげてください!」
と、かつて仕えていた主人である『旦那様』を庇った。まぁ「自責の念」というのは、是半分もうひとりの自分を責めているようなものだから、あながち間違ってはないかもしれないが……。
「旦那様は少しも悪くありません。私のせいなのです。私がおふたりのお傍を離れたから……あの出征の日に、私が月乃様のお傍に付き添っていれば……すべて私のせいなのです」
目に涙を溢れさせて悔やむシンディを、しかし責めるのはお門違いというものだろう。やむにやまれずいると、弾丸にも似た、とんでもなく不穏な台詞をシンディは口にした。
「ごめんなさい。赦してください。月乃様は私たちの内の誰かに殺されたのです。でも私は……ほんとうに何も識りません……」
シンディは見るからに取り乱しており、その雰囲気から深刻さが伝わってきた。
「待てよ。落ち着いてくれ。月乃が殺されたって? 私たちって一体誰のことだ?」
「この国の第一王妃から第八王妃までの誰かです。でも正体はわかりません……」
おいおい、じゃあ王女の中に暗殺者が居るっていうのか? 冗談じゃない、こんな異世界にこれ以上居られるか! 俺はいますぐ元の世界に帰らせてもらう――ってわけにもいかない。
そもそも俺はあの
もう、こちら側の世界に希望をかけるしかないじゃないか。
「月乃が死んだって証拠はあるのか?」
もしかしたらとんだ勘違い、たんなる行方不明で、本当の月乃はまだ生きているのかもしれない……つか、そうじゃなきゃダメだ。そんな希望に賭けていることを察してか知らずか、シンディはきょとんとした面で伝える。
「あの、たしかにご遺体は回収できてはいませんが……しかし間違いなく、月乃様は戦死されました。残念ですが」
死体が見つからなかった? でも死んだことは確実だって? それは戯れ言だ。
「そんなの見てないのに信じられるかよ!?月乃はまだこの世界に居るはずだろ!だって、本当に戦没したなら遺体があるはずじゃないのか!? でも無いんなら行方不明ってことだ。
い、今すぐ捜索隊を結成するべきだろ……」
少しばかり取り乱してしまったが、シンディはあくまで冷静に辞ぶる言葉を返す。
「けれど旦那様。先代の旦那様が「月乃は死んだ」とご自身でそう何度も云っておられたんですよ。
私はその場に居合わせませんでしたが、きっと何か決定的な場面でもご覧になったのでしょう。ですから――」
「――――!!」
俺はシンディをひどく睨みつけたらしい。ちょっとびくっとされて、彼女は半歩くらい退き下がる。それからこちらの機嫌を取るよう無理くりつくったかのような明るい声を投じて、シンディはこのように繕った。
「たしかに旦那様はその瞬間を直接見ておられませんし、戦いのこともご存知ではないですから、納得できなくて仕方もないかもしれません。
でもそれならチェンジリングで、もういちど月乃様をこの世界に召喚するというのはどうでしょう? ある大魔法使いに借りを作ることにはなりますが――……」
俺は冷然と遮った。
「現実世界の月乃は、もう死んだよ。それじゃ召喚は無理なんだろ?」
「えっ……」
俺の宣告にシンディは言葉を失っていた。絶句。そこにあるのはよるべのない緘黙だ。
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