裏切りのヘルプメイト③



 里帰りを終えてファミリア城に戻ると、政局はちょうどクライマックスにあり、それまで難航していたアレゴリアとの条約締結に兆しが見えてきたようで、高官たちが朝も昼も忙しげに駆けずり回っていました。

おふたりとは会えもしませんでした。

 それがどういう経緯だったか今となっては知りもしません、旦那様は後から省みれば危険を顧みず、ラティシアへ威嚇として出征することをご聖断されました。

月乃様もそれに同道し、明朝出発したのです。誰にも期待されない私が城に残されひとり無聊を託っていると、そこへ流れるような黒髪と黒曜石のように黒い眼をしたリドルが唐突に顔を出しました。

リドルはラシオニア大公令嬢で、ファミリア連合国を統治する8王妃の地位にある少女です。王妃といっても、私にとってはたんなる同格のひとりにすぎません。それも年下です。


「あれぇ、お留守番?」


「ええ」


私は感情もなく応答しました。


「ふぅん。月乃もいるの?」


「旦那様と一緒に出発されました」


これも私は淡々と事実を述べ伝えました。リドルの発した次の台詞は、思わずぎょっとするものでした。


「ねぇシンディー。あいつ、死んじゃえばいいと思わない?」


「何を言うんですかっ――!?」


私に怒鳴られて、リドルは疎明するように言い足しました。


「別にふざけてないよぉ。だって閣下に付いてて邪魔だもんあの女。それに今回の遠征は危ないんだしぃ、ゼロじゃないでしょ? 流れ弾にでもあたっちゃえばいい」


こんなことをぬけぬけと言えるのは子供ゆえの特権でしょうか。私は耳を貸しません。


「リドル、悪い冗談はやめなさい」


「はぁい。ごめんなさい。てへっ」


それからリドルは入ってきた扉の外へ駆けていきました。ただ不吉な言葉だけを残して……。「みんなの心はひとつだよ」


私といえば、ずっとたしかだと思っていた本心が揺らぎました。もしも月乃様だけが旦那様の寵愛を一身にうけることになったら、

私も、スノウも、リドルも、ルカも、レッドローズも、レイチェルも、ローサも、イストワールも、ほかの王妃たちはみんな脇役です。この国での安寧な立場を失ってしまいます。

わがままで突拍子もないリドルだけでなく、他の6国の王妃もすべて同じことを考えているとでも言うのでしょうか。つまり、「流れ弾にでもあたって欲しい」と。

それははたして本当に流れ弾と呼べるのでしょうか? 皆の意思が揃ったときに起こる偶然は、むしろ必然とは呼べないでしょうか?

私は強い目眩と期待感に心臓が高鳴り、その場に立ってはいられなくなりました。昏い陶酔が私の浅ましい矮軀に満ちていました。

それはきっと起こる、たとえ今日起こらなくても、明日起こるかもしれない、明日起こらなくても、必ずもうすぐ起こる、私はそう確信しました。

リドルからはっきりとそう聞かされたのではなく、実際は謎めいた曖昧さにすぎなかったのに、それにも関わらず私の中で、勝利への確信は喜びに変わったのです。


 翌朝、月乃様がレーテー峡谷にて死歿されたという哀しい一報が本国に届きました。誰がやったか知りません。知りたくもありません。きっと敵国ラティシアの尖兵のひとりでしょう。

私は失意に潰れそうになっている旦那様を城へ帰られてから慰めました。あらゆる優しい言葉をかけました。まるで鉱脈を探り当てたように、それは私の口から自然と流れ出たのです。

かつてと比べようもなく、この上ない程に私は充実を感じていたのです。使命に燃え、満たされていたのです。それから数日後、私の手にはと或る大切なネックレスが収まっていました。

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