裏切りのヘルプメイト②


                    米


「はじめまして。シンディと申します。まず、ここはあなた様にとっての”異世界”で――」


目の前に居るきょとんとした表情の女の子に向かって、私は親切に教えてあげました。かつて旦那様にしたように。二度目でした。


「――異世界!? 嘘でしょ、うっそ……あなたは異世界人なの!?」


そう聞かされて女の子は、私に向けてきらきらと目を輝かせました。第一印象は、好奇心の塊。わけても魔法のことを話した直後は、途端に百も質問を浴びせられ、

私はあとで一冊の分厚い魔法書をプレゼントしなくてはいけませんでした。

 気がつけばあの方は俊才の魔術師になっておられました。宮殿をいつも並んで歩くお似合いの王と王妃おきさきさま、鴛鴦のようなカップル、救世主と聖魔女。

旦那様と月乃様はそのような関係として城内のきこえもよろしく、しかもめざましい速さでこの荒廃した国を変えてゆきました。

私はそのとき、恒にふたりのスケジュール管理と身の回りのお世話を受け持っていました。変人……たしかに義姉さんたちがよく悪しざまに言っているように、

マネジメントというのは、苟も一国の王女たる立場のものがやるべき仕事ではないのかもしれません。けれどもお二人のご活躍を陰で支えることは光栄でしたし、歴史が動くその瞬間を、

お二人の次に間近な位置で見ることができたのは何より嬉しかったのです。

 月乃様とはすぐに打ち解けてお話するようになりました。あの方は、私がかつてフォークの文化や生活についての教育係となったことへの返礼のつもりか、

ノーフォークの流行文化やファッション、食事情などについて詳しく教えてくださいました。私にとってはまさしくファンタジー同然の噺でしたが、そんな世界があってもいいように思えました。

これまで旦那様からは、政治や経済や発明の話しか聞かされて来なかったのです。それに不満はありませんでしたが、月乃様との会話にはまた違った楽しみがありました。

月乃様とふたりで明かす夜はいつも賑やかなお喋りの空間でした。私はあの方に対して心からの敬意と親愛を抱いていました。少なくとも、私自身がそう錯覚するほどに。

 きっかけは些細なことでした。もとからさとい方でしたから、月乃様にはほどなく私が旦那様に抱いているほんとうの想いを見抜かれてしまったのです。

それも複雑に屈折してよじれ切った私の心を、あのお方はすべて伸展してしまって、心理学という奇妙な魔法の図式を借りて、

私がなぜこんな回りくどいことをして旦那様の心を留めようとしているのか、私自身でも気づかなかったひとつの絡繰りを、深い洞察と理論によって、ずばり言い当てられてしまったのです。

思えば私はそうでした。故郷にいたころから特定の誰かに尽くすことによって、そのひとを私なしでは居られなくしてしまって、そのことによって逆に相手を支配しようとする傾向があったのです。

これまで自分はちょっとした変人で、他者を手助けすることが大好きなお人好しだとばかり思い聞かせてきました。

無理矢理に、私がそうやって義姉妹たちをダメにしてきたという事実からは一向に目を逸し続けてきたのです。月乃様は私に柔らかく忠告されました。


「とっても優しい献身的な振る舞いだと思う。でもやり過ぎはよくないよ。アイツの無茶なワガママ、聞きすぎちゃってない? 大丈夫? 

そういうこと続けるとダメ人間ができちゃうから、程々にしてあげてね」


私はひどく打ちのめされました。ことに「程々にしてあげてね」という言葉、まるで私が旦那様を虐げているから、その手をゆるめてやって欲しいと言わんばかりではありませんか。

けっきょくこのお方には、私の浅ましい策謀はいかなるものでも見透かされてしまうんだと思いました。

これから旦那様は月乃様によって、私にはとても手の届かないところまで、月までも引き上げられてしまうんだと思いました。私はひたすら際限のない敗北感と、絶望的な気持ちに囚われました。

それからの私は、まったく変化もなく厚遇されたにも関わらず、段々とおふたりから距離を取るようになっていきました。レアリアの実家の切り盛りが忙しいからといって、お暇をもらって、

数ヶ月ほど里帰りしたのもこのときです。私がいなくても旦那様と月乃様と言えばまったく変わらずアレゴリアとの交渉においてご活躍を遂げておりました。

私は義姉妹たちに囲まれて傷心を癒やす古くさい城で、この記念すべき敗北のたよりを受けとったのです。


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