裏切りのヘルプメイト①



『いわゆるチェンジリングの魔法について。本人である人間が死ぬと妖精も死ぬとか、あるいは映し身である妖精が死ぬと人間も死ぬとかいった、いわゆる死の因果拘束デッドロック現象は、

よく知られている迷信とは裏腹につねに実証によって否定されてきた。あるいは人間が生きている間は妖精は年をとらないとか、妖精が生きている限り人間は死ぬことがないといった生の因果拘束ライブロック現象も、

でたらめな噂話によって創作された世迷い言であって、実際は決して起こらないことが証明されている。ところで双対となった人間オリジナル妖精フレニールはコピーの肉体を持つので、

自然寿命を共有することは考えられる。これは死の因果拘束の弱い形と言えるかもしれない』

――『フォークの魔女とソフィアたちの飢餓』より



第5証言 裏切りのヘルプメイト

 それから俺はフォークと呼ばれるこの異世界とファミリアと呼ばれるこの国の設定……元いおおまかな知識について、シンディとふたりきりで学んだ。

たとえば国の成り立ちのことや、各地方ごとの特色、気候、ファミリアと隣接しているアレゴリアやカテゴリアといった帝國との二国関係バイラテラルのことから、

国際関係マルチラテラル、国内の人口動態や格差問題のことまで。それに魔法結晶のことや、四神信仰のこと、聖予言のことも。

でも俺はそんな事柄について聞かされているあいだも大した驚きはなく、それどころかずっと焦れったい感覚を抱いていた。


「なぁ、そのネックレスについてそろそろ教えてくれよ」


シンディはあまり話したがらなかった、この世界にかんする知識を俺にまず叩き込むことが優先だと思ったのだろうか。まるでお馬さんのまえにぶらさげた人参だ。

彼女が首から提げている七色の宝石(実は安物のガラス玉)に彩られたネックレスは、間違いなく俺が月乃の14歳の誕生日にプレゼントしたものだ。

植物の枝をあしらった意匠が独創的で間違えようがない。舶来の秘宝のように素晴らしいものにみえて、じつは特に何の価値もないガラクタというところがポイントだ。

葬儀のあとの形見分けでゴミ箱行きになったとてっきり思い込んでいたが、どうしてそれが異世界に転がり込んだのか。そしてなぜシンディがこれを持っているのか。

俺の予想が正しければ、これはおそらく月乃がフォークへ異世界転生してきたという証拠だ。什麼生


「………」


シンディはその質問に答えるかわり、大切な人物を偲ぶような表情を浮かべた。にもかかわらず俺が真剣な視線をいちども外さなかったので、ちょっと妙な雰囲気になってしまったが、

それでも彼女はゆっくりと記憶を引き出した。


「先代の旦那様が救世主としてご光臨されてから、数カ月後のことでした。ファンタジーや冒険に興味のある聡いご友人だからと、強くご希望されたのです」


いまやシンディの心中からはっきりと読み取れるのは過去への傷心だ。指先を胸元に引き寄せ、愛おしげにネックレスを撫でさする姿は痛々しい。


「……とてもお優しい方でした。好奇心旺盛で、魔法の才能が抜群でいらっしゃって、先代の旦那様とは一番うまくやっておられました。なんというか扱い方をよく心得ておられた感じで、

別段に大した争いもなく、いちども不仲になるようなこともなく、おふたりはいつも笑い合って寄り添っておられました――羨ましいほどに」


そこから一気に声のトーンが落ちる。


「月乃様はちょうど1年前の冬、アレゴリアとの和平交渉に際して、ラティシアの陰謀を阻止するために出征したレーテー峡谷での戦いにおいて、不慮の戦死をとげられました」


シンディの目には涙が滲んだ。


「もうこの世にはいません」



回想――シンディの回想

→私は旦那様の補佐役をつとめて参りました。頼まれたのでなく、ただ、それが私の性に合っていると思ったからです。


「いま、何とおっしゃいました?」


「”チェンジリング”だよ。俺を呼び出すときに使った魔法、あれをもう一度使えるだろ? あっちに月乃ってやつがいてさ、そいつはファンタジーが好きで、俺なんかよりずっと物事をよく知ってる。

こんな剣と魔法のファンタジー世界に連れて来られたら、もう感動どころじゃなくて張り切ると思うんだよ。それに俺も、ずっと独りじゃ寂しいしな」


「ずっと独りじゃ寂しい」と露骨にいわれて、傷つかないわけがありません。私は旦那様にいつも離れず付き従っていましたから。

旦那様には、最初から私のことなど眼中にないのだと分かりました。私はただの協力者ヘルプメイトであって、――あえていじわるく義姉たちが揶揄するような言い方で言うなら――

ただの『召使い』でしかなかったのです。しかし不満はありません。これが私の性に合っていたのですから。


「あの、チェンジリングは禁呪なのですが」


私が答えると、彼は向き直ります。


「どうしてだよ!? ファミリアのことはいままで精一杯やってきたつもりだし、やっと結果も出てきたところだろ。予言に従って、言われたことは全部こなした、順風満帆じゃないか。

なのにこっちの頼みは聞き入れてくれないってわけか!? それならこっちだって考えがある。全部やめるぞ、こんなこと」


月乃という女の子を現実世界ノーフォークから呼び出せそうにないとわかって、旦那様は一転して不機嫌になられました。

もちろん、こういった無責任にも見える我儘はいわゆるポーズ、政治的な駆け引きの一種であるということは承知していたのですが、たったひとりの御親友のためにファミリアを捨てるだなんて、

たとえ駆け引きとしても私以外には言って欲しくないお言葉でした。


「なるほど、そうなってしまってはとても困ります」


「そうだろう? だからさっさと魔女でも妖精でも妖婦でも連れてきて、そのチェンジリングってやつをもう一遍だけやってくれよ。簡単だろ? 

そしたらこれまでの100人力で、ますますファミリアのために頑張るからさ。頼んだぞシンディ」


このようにせがまれると私は根負けして、旦那様のなるべく喜ぶような方向に事を進めることになるのです。いつもそうしてしまいます。困ったお方です。


「わかりました。すぐに母国レアリアから大魔法使いを手配しましょう」



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