何もしないのが最善



『ファミリア連合国とその地理について……中央:ファミリア直轄領 、北:コンプレクシア、北西:レアリア、西:ラシオニア、南西:インテンジア、南:ナチュリア、南東:イーヴェニア、東:オッディア、北東:プライミア、(※別途地図参照)』――『国民統計』より

『なお現在ファミリア連合を構成する主要な8王国を統べる王女たちはいずれも互いに険悪であり、むやみに衝突させるようなことがあってはならない』――『王の政治白書』より



第4証言 何もしないのが最善


 かくて俺とシンディとスノウは三射状に向かい合った。真白い髪の嫉妬深いスノウは明らかにシンディに対してぴりぴりしており、いまにも戦争をはじめそうな勢いだったが、

まったく歯牙にもかけず、余裕の面持ちで第二王妃としてシンディは切りだした。


「いまから旦那様がこの国の王であるという証かしを立てます。旦那様から一旦お預かりしていた、王家に伝わる秘宝をご返還しましょう」


王家に伝わる秘宝アイテム?――三種の神器みたいなものか。八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣、

普通の日本人なら当然知っているであろうこれらのアイテムによる王権授権と同じようなシステムがファミリア現王家でもとられているなら、ありがちながら、とてもわかりやすくて大変ありがたい。

ところでシンディが『旦那様』と呼んでいるのは、目の前にいる俺より、むしろ俺のチェンジリングの方だろう。フォークと呼ばれるこの異世界に14歳のとき召喚されて、

ファミリア連合国の君主をつとめていたとか。だがそいつはもう異世界ではやることがなくなったといって、俺を後釜に据えて元の世界へと帰ってしまった(前回までのあらすじ)。

まったく身勝手な話だが、もうひとりの自分でもあるわけだから、その身勝手さを責めたものかどうか迷う。

俺としてはどのみち月乃がいない現実世界になんて未練は無いし、おかげでこうして王になれるし、まったくの有り難さだ。

 やがてシンディの背後からふたりの従者が神妙な面持ちかつ慎重な手つきで紫色の衣に包まれた桐箱を運んできた。紫は高貴さを象徴する色である、

それはいっぱんに、古代においては紫色の染料が手に入りにくく貴重だったからということによる。紫はもっとも希少な色で、他の色とは一線を画す。

今ではたんなる伝統にすぎないのだろうが、中世あたりのいかにも権威を確立したい王家ならば、好んでこの色を象徴として用いただろう。

そんなひょんなやんごとなき布が取り去られ、箱の中身が検められる。シンディがきもちおごそかめに説明した。


「こちらがファミリア王家に世々伝わる家宝、『アクセルロッド』です」


それは荘厳なデザインの象嵌が施された、ただの一本の杖だった。きっと物凄い威力で魔法の補正値がかかるとか、高速で詠唱できるようになるとか、

そんなSSRなフレーバーが秘められているのだろうけど、そんな効果のことは穴が空くほど見つめたところでよく分からないし、本当に穴が空いてしまっても困るので、

俺は視線を外してもうひとつの箱の中身の確認へと移る。そちらは祭儀用というには少し無骨な『剣』のように見えた。


「こちらは『ファイヤアーベント』です。八王国を統べる王権の源といわれていますが」


アーベントというのはファミリア固有プロパーの名詞で、「鋭い切れ味を持つよう最上級の加工を施された両刃の剣」といった程度の意味なのだそうだ。つまりは炎の剣。

シンディはファイヤアーベントを従者に仕舞わせ、アクセルロッドのほうを俺に渡した。


「……(アーベントは)伝統に則って王宮に秘蔵しておきます。こちらのアクセルロッドですが、王が反逆者に処罰を与えるための杖です。

このように軽量で扱いやすい代物ですから、護身用に常に携行されることをおすすめします。

ただし、あくまで身を守るための手段ですので、誰かに攻撃されたり、傷つけられそうになったときの「しかえし」としてのみお使いください」


先制攻撃に使ってはダメということか。


「なるほど。わかったよ」


俺は了解した。スノウが訝しそうな表情で口を挟んだ。


「なぜ記憶喪失になったくらいで、儀式が必要ですの?」


「深い事情があるので」


スノウとシンディは一触即発だ。袖触れ合うだけですぐに火花が散りそうだが、いまのところシンディが袖をうまく掴ませない感じだ。


「この儀式は無意味だったかもしれません。それより記憶をなくした旦那様のことを、私たちはこれからしっかりと支えていくべきではありませんか?」


シンディは無意味といったが、この儀式が象徴的にとても大きな意味を持っていることを俺は確信していた。いよいよ王になったんだ、決心も新たになるというものである。


「よく分からないけど、国政をやればいいんだな。よし、世界の先進国日本から仕入れた知識をつかって、この中世ドイッチュラントみたいな領邦国家を改革してやるぜ!」


ところがこの発言はあいにく空回りにも等しかった。


「いえ、いまの状況では、あまり派手に行動なさっては……」


そう曖昧な謂をするシンディに、スノウが加勢するように白さく


「そうですわ。何もしないほうが最善に決まっております。宰相のムーアは表ではあんなに褒めそやしておきながら、裏では陛下様が遂げておられる数々のご活躍に我慢がならないようですし、

将軍シュトラウスは軍を動かすあなたの権限を排除したがっております。シュトラウスがラシオニアの魔女ヒュパティアと手を組んで何やらきなくさい策謀を廻らしていることなど、

この王城にいる者なら誰でも知っておりますわ。それからそれから――」


スノウは堰を切ったように、ファミリア内で俺を恨んでいるらしい人物や集団について次々と名を挙げていった。

自分が好意を寄せている人間のことを悪く言っている人物や団体を片っ端から本人に密告する系女子。

そりゃ一国の為政者は恨まれやすいだろうし、そこへこんな人材がついていれば、「頼もしい」ことこの上ないだろうけど……。

閑話休題。シンディの補足によると、ファミリアにもといた上級貴族や権力者の中には、「予言」とやらで勝手に生み出され祀り上げられた異邦人の新王なんて、まったくよく思ってない人物も居る。当然だ。


「これまでの足掛け三年間、旦那様は数々の偉業を成し遂げられ、大きな困難をしりぞけられました。しかし近来の風向きがにわかに不穏なことは否めません。

黒い陰謀が城内を渦巻いています。旦那様はこのように言っておられました。

『今はどう動いても奴らに謀略のきっかけを与えるだけだ。これ以上のことはせず、ここは一歩身を退くことが却って国の繁栄につながるかもしれない。つまらない暗殺や内乱なんてごめんだ』と」


おいおい。それじゃなんだ、先代のオレはこの国をよくするためと色々と思い切った改革を断行したけど、その反感がどんどん拡大して暗殺されそうになってることを察して、

元の世界に帰ることを選択したっていうのか? それじゃ詐欺だろ、俺の退屈だけど安全な高校生活を返せよ! ……と言いたいところだが、あの世界に月乃はいないんだった、どうせ帰っても希望もやることもない。んだし、これは五十歩百歩だ。俺も現実世界で月乃が死んでしまったことはアイツに黙っていたのだ、アイツが月乃に会いたがっているだろうと知ってのこと。

スノウは「ねぇ、ですから陛下様、いつも熱心にお仕事なんてなさっておりますけれど、そろそろ権力の亡者たちに後を任せて、妾たちはゆっくり隠居しましょう?」

といって、その細くて折れそうな華奢な腕を腕に絡ませてくる(雪のように冷たかった)。一生呑気に遊んで暮らすというスノウのたわごとが一気に現実味を帯びてきたわけが、俺は困ったようにシンディを見つめた。

すると曰わく、


「旦那様、ここでころされてしまっては何の意味もありません。民草のことも考えず権力闘争に明け暮れる上級貴族たちに反攻するチャンスは、きっといつか巡ってきましょう。

ここは一旦この城から距離を置き、身自みみずからの身の安全を確保するのがよいかと存じます」


そう冷静に提案するシンディは賢かった。たとえここで国政への関与を絶たれたとしても、かつてファミリア国を危機から救ったという肩書のある「救世主」にはそれなりの影響力があり、

あとでいくらでも安全な場所から糸を引けるということを熟知していた。つまり俺はアイコンとしてのみ存在していればよく、また死んでしまっては元も子もない。

 『あとはシンディとスノウが望むようにやってくれればいいや』と先代のオレが言っていたのは、その辺の犀利めざとさを見抜いてのことかもしれない。シンディはしっかり者だし、スノウは密告してくれる。

さすが数年も国家を切り盛りしていただけあって、じつに的確な重用といえる。


「わかった。貴族たちに国を明け渡すことにしよう。全然いいよ、こんなメンドクサイ国の政治ごとを任されるなんて、正直御免だ。無関心が一番だな」


俺は先程の決意を阻喪して掌をクルクルと裏返すことにした。

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