ホワイトスノウと7人の王妃たち


『いっぱんに、手違いによってもうひとりの人間が生み出されてしまった場合――たとえば、父親の帰りを期待するあまり異国から帰ってきたもう一人の父親を作出さくしゅつしてしまった娘のケース――では、

どちらかがオリジナル(人間)で、どちらかがフレニール(妖精)ということになるが、それを見分けることは想像以上に骨が折れる。

なぜなら、単に娘が帰ってくる父親として妖精を作り出した場合のみならず、娘が会いたかった父親の本物を異国から引き寄せ、そこに代わりの父親の妖精を置いてきて、

その妖精が後から帰国した可能性も排除できないからである。実際のところ、両者は記憶のほとんどの部分を共有しているし、肉体もまたそうである。妖精は年をとらないとか、

本人を殺せば妖精も死ぬとかいったことは俗信であり、民間伝承の類にすぎない』――『フォークの魔女とソフィアたちの飢餓』より



第3証言 ホワイトスノウと7人の王妃たち


気がつくと大きなベッドのある露知らぬ部屋で目を覚ましていた。


「ここは……シンディ?」


とりあえず名前を呼んでみた。けれども返り事はなく、代わりにシンディではない別のだれかの声が耳に侵入してくる。ひどい召喚酔いとも言うべき目眩と偏頭痛の域内なかで、

俺は咄嗟に認識の焦点を合わそうとした。その声音こわねあるじは、きっと故由ある見目麗しい女性に違いなかったから。頭を押さえつつ、なんとかゆっくりと天蓋付き寝具から上体を起こす。


「あら、お目覚めになったのですね……よかった。しかしどういうわけですの? なにやら別の女性の名をお呼びになったように聞こえましたけれど。きっと、わらわの気のせいですわよ・ね?」


彼女はすべてが雪のように真っ白な女性だった。衣装ドレスも、肌も、ロングストレートの髪も、その儚げな魂の色までも純白を標す白いように感じられる。

たしかに見目麗しい、立派なご令嬢には違いなかったが……なにやらめっぽうご機嫌斜めになっている上、さらに悪いことに、俺は彼女の名前を呼ぶことができない(知らないから)。

だがここはソロモンなみの知恵で咄嗟に切り抜けることができた。


「ええと、スノウ……スノウなのか!?」


「陛下様! ああよかった……突然お倒れになったと聞いて、第一王妃である妾としては居てもたっても居られませんで、取るものも取りあえず駆けつけて来ましたの」


『あとはシンディとスノウが望むようにやってくれればいい』……か。もうひとりの俺はたしか前回そう言っていたな。


「ごめん。俺、記憶喪失で……細かいことが思い出せなくて」


とりあえず誤魔化す。わざとらしく額に手も当ててみる。スノウは心配しきりの表情を浮かべて(ちょっと悪いことをしたな)、しばらくおろおろと周章えていた。

その間に、この国では第一王妃がスノウで第二王妃がシンディなのだな、と、これまでの事実を手早く確認して整理する。


「妾のこともさらに憶えておられませんの……?」


俺はスノウに向けてこくりと頷いた。でも良かった、これで色々な事情がすんなりと聞けそうだ。


「そうなんだよ。教えてくれると嬉しいな」


スノウは嬉しそうに承伏して、現況を滔々と述べ立てた。


「まず、陛下様に妾以外の婚約者はおりません」

「妾と陛下様は最高神アルジェによって、断ち切れぬ深い絆で強く結ばれております」

「妾が領主をつとめるコンプレクシアは、ファミリア最大にして最高位の国家です」

「妾と陛下様は毎日、一緒の部屋に暮らさなければなりません」

「陛下様は妾に毎日、接吻キスを――」


遮った。


「待った。ものすごく作為的な意図を感じるんだが? もしかして”改竄”してないか?」


「奇貨おくべし、ですわ!」


スノウ姫は事実関係の改竄を指摘されても、むしろ開き直るかのようにあっけからんと宣した。


「ですわ! じゃねぇ」


正義の制裁とばかりに、我慢できず眉間に軽いチョップを入れておいた。相手は上流貴族でまずいんじゃないかと思ったが、

どうやらこちらを好いてくれているようなので、やっぱり決めた、こいつとは(文化人類学的)冗談関係で行く。


「俺の記憶がないことにかこつけて、そっちに都合のいい記憶ばかりを植え付けるなよ、混乱するだろ」


「だってだって、陛下様、いつも妾のことは避けて、暇さえあればこの国のために執務をなさっているんですもの」


それ、めっちゃ真面目に働いてるだけじゃん、俺。スノウが非難を含めるようないわれはない。1000%。


「普通だろ。というか、大丈夫なのか? 俺、性格が豹変したりとかしてない?」


「? いつも通りですわ」


あ、そう。さすがはもう一人の俺、代役をつとめさせようというだけのことはある。こいつへの対応すらそっくりなんだな。スノウはなおも不平をこぼし続けた。


「妾はただ、陛下様と四六時中ずっとついて離れず居たいだけですのに。しじゅう一緒にいて、政治のことも身の回りのことも、すべて臣下に任せっきりで、永遠にふたりきり幸せに暮らしたいだけですのに……

どうして? どうして妾の声を聴いてそうしてくださいませんの、陛下様?」


「いや、暴動が起きるだろ…」


「どうしてほかの7人の王妃たちを即刻斬首してくれませんの? いつもそうお願いしておりますのに……」


「いつもそうお願いしてるのかよ!」


物騒だった。いくら簡便にライバルを蹴落としたいからといって、それはできない相談というものだ。


「……うぅ。だのに陛下様ったら、妾の望みも気持ちもちっとも聞いてくださらないで、あまつさえ貴賓会では楽しそうにあいつらとお過ごしになったりして、

あの女たちが妾の美貌に嫉妬して、妾のことを謀殺しようと企んでいることは事実に違いありませんのに。妾が信じられるのは陛下様だけ、

なのに陛下様があの女たちに騙され続けるなら、妾は一体どうすればいいんですの…?」


つくづくスノウって独裁者に向いたタイプだな……猜疑心が強くて、それに対処するための粛清に躊躇がなくて、嫉妬には余念がない。

しかしこの調子じゃ、そのうち食べ物に毒が入れられてるとまで疑い始めて、しまいにゃゲーデルよろしく餓死するぞ。俺に料理は作れないんだからな。


「いいか、人を疑うってことは俺を疑うってことだと思え」


「いえ、陛下様のことはちゃんと信じきっておりますわ」


「違うんだよ。いつか俺のことまで疑いたくないなら、まずほかの王妃たちを疑うのをやめることだ。正味、誰もスノウのことを殺そうとなんて計画してないだろう? 物証はあるのか?」


するとスノウは一瞬だけ、憑き物が落ちでもしたかのように大人しくなる。


「うう……そうですわね。いつも陛下様はそう仰って、優しく正しく励ましてくださいますのに、妾ったら、ちっともそれにかなう振る舞いができませんで……。御免なさい、

やっぱりまだあの忌まわしい過去が……あんなに信じていたお母様に暗殺されかけてからというもの、陛下様以外の他者ひとを信じることができなくて……」


生い立ちが悲愴系女子だった。きっと一国の領主なんて身分に生まれついてしまうと、詰まらない諍いが絶えないんだろうな。

日本でのんのんと生きてきた俺には想像もできないほどの凄絶で、陰惨で、悲惨な修羅場を幾度となくくぐり抜けてきたのだろうな、

俺は彼女の悲愴的な境遇に皮相的な同情をしめすと共に、みずからの王という立場に少しだけ緊張感を高めることにした。

 それにしてもファミリアっていったいどんな政治体制なんだ? 王女が8人もいるってことは、各領邦に自治権のある中世ドイチェランドみたいな領邦連合なのか?

まあいいや、それは追ってシンディに説明してもらうとして――噂をすると影、この寝室にシンディとシンディ付の従者たちが入ってきた(シンディ付の従者はみな灰色の衣服を着ていた)。

俺は彼女にまず訊かなければならないことがあった。もちろん月乃のネックレスのことだ。なぜ彼女が持っているのか?

 シンディが部屋に入ってくるなりスノウは恨めしそうにめ掛けたが、そこはさるもの、シンディはまるで意に介さない様子だ。

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