チェンジリングと交換法則①



 『――父親はやっとの思いで長旅から帰り、母親と姉妹が暮らしている一家の門戸を叩く。数年ぶりの再会に父親の心は沸き立つだろう。

ところが中からは楽しそうに笑っている別の男の声が聞こえる。不審に思った父親が窓から覗くと、なんと自分そっくりの人間が楽しそうに家族と夕食を囲んでいるではないか。

聞くと村人の話では、その男は一年前に戻ったあの一家の亭主で、今では家族仲睦まじく暮らしているという。

すぐさま激高した父親は、もうひとりの偽物を森のはずれに呼び出し、鉄の鋤で心臓を貫いて殺した。

このことから次の教訓が得られる。「もしフレニールによって同じ人間がふたり存在するようになった場合、ふたりを同じ場に引き合わせてはならない――かならず良くないことが起こる」』

『フォークの魔女とソフィアたちの飢餓』より




第2証言 チェンジリングと交換法則


 自分が何者であり、かつまたここは何処であるかについての認識を医学用語で見当識というわけだが。えっと、ここはどこだっけ? 

ある意味では把握しているし、ある意味ではしていないともいえる、だって、知らない場所に無理くり連れて来られたんだから。自分が何者であるかについては……俺であることは確かだ。

 その部屋は暗かった。内壁は石煉瓦造りで、窓はどうやら一箇所もない。

光源は2つの松明から勢いよく生える炎で、四方に火の粉を散らしながら熾盛しじょうに燃え盛っている。

天井は上方に高すぎて見えやしない(見たくもない)。真正面には鏡が置かれていて、向う側におぼろげな自分の姿が映し出されていた。

この場所へと俺を引き立ててきたシンディは、正面から見て右側の壁に背を預けている。しかしおかしい、シンディの姿は鏡には映っていないのだ。


「まるでチェスだな」


そのとき大向こうから声がかかった。さっきまで鏡像だと思っていたはずの影が、ねめつけるかのようにこちらを見据え、ひとりでに喋り出したのだ。

その声色は自分自身が喋ったのかと錯覚するほど俺そのものによく似て感じられた。そっくりだ。でも何か違うのは、少し貫禄のようなものを帯びている気がする。どうにも得体が知れないからだろうか。

いったいあいつは誰だ? 世に、鏡像だと思っていたものが勝手に喋り出すことほど怖ろしいものはない。俺と同じ声音で、同じ背丈で、同じ容姿で、谷山浩子の『そっくり人形展覧会』か?

あらためて目の前の鏡像に注視すると、お構いなしに言葉を紡ぎ始めた。


「よお、元気でやってるか? 解ってるよ、意味がわからないだろ? 何が起こったか説明するから、慌てないで聞いてくれ。それとリングの中からは絶対に出るなよ」


気味が悪いな。なにしろ声が似通っているので、まるで独り言みたいで拍子抜けしてしまう。ここがファンタジーの世界なら、確かにもうひとりの自分と対話できてもおかしくない。

むしろ似ているのは心理学のシャドウか。夢の中を意識の深い場所まで降っていくと、大きな泉があって、そこでもうひとりの自分、抑圧された無意識の象徴であるシャドウに出くわすという。

かの高名なユングの考察にそんなのがある。でもここには泉なんて無いし、夢の意識の深いところでもなさそうだ。そこいらで相手がやっと種明かしをした。


「いいか、俺とお前は”妖精の取り替え子”と呼ばれる関係にある。ぶっちゃけ俺は、14歳のときに異世界召喚されたお前だ」


「異世界召喚された俺?」


異世界召喚というのは、今まさに起こっているこの状況のようなもの、と考えて差し支えないだろう。普通は竜巻に飛ばされたり、駅のホームの柱に向かってダッシュしたり、

あるいはクローゼットの中のトンネルをくぐってファンタジーの世界へ行くものだが……その点はまあよしとしよう。古典的方法オーソドックススタイルに拘りすぎるのも良くない。


「嗚呼。あれは忘れもしない14歳の誕生日の朝だったよ、俺はいつものように登校する途中、突然、異世界に召喚されたんだ。それでどうなったか? 

普通、元の世界で俺は行方不明になったと思うよな? ところがまったく同じ記憶を持ったもう一人の俺の分身がいて、元の世界でそのままそいつが生活を送っていると言うんだ。

そういう召喚魔法なんだな、チェンジリングってやつは。で、とある王国を滅亡の危機から救うために招集された俺は、見事その役割を果たしおおせたから、今から現実世界に帰ろうってわけだ。

言っとくけど、いまの俺は「ファミリア連合国元首」って地位にあるんだからな」



俺の回想――いや、これは俺の回想ではない※

 えっと、ここはどこだっけ…? まあ、解んないな。無理やり連れて来られたんだし。頭がぼうっとする。ええっと、目の前には綺麗な灰色の髪をしたとても美しい少女が立っている……?


「どうやら召喚は成功のようですね。はじめまして。私はシンディと申します。あなたのサポート役を買って出ました。以後よろしくお願いします」


「これって誘拐されたのか。それとも神隠し?」


今日は14歳の誕生日。だから学校から帰ったらケーキのひとつぐらいは用意されてただろうに、とんだ災難だ。というか身代金なんてうちは払えないぞ。

家は子供の頃から貧乏で、5年前に発売されたゲーム機だってまだ持ってないんだからな。

ゲームがわりの書籍やDVDだって、ほとんど公民図書館から借りるか月乃に貸してもらうか、どちらかしたものだ。


「これは誘拐ではありません。あなたにはいまこの国を襲っているさまざまな災難を解決してもらいたいのです。

そのためにわざわざ禁術とされている召喚魔術を使ってまで、救世主であるあなたを呼び出したのですから……」


なんか国難に襲われているらしい。そんなもの総理大臣でも交替させればいいんじゃないか? と言うのは冗談で、正直さっきからテンションが上がってきている。

まさか自分がファンタジーに巻き込まれるなんて、夢にも思わなかった。最高だ。ああ、でも月乃がここに居ないのはちょっと残念だな、

あいつを差し置いてこんな面白そうな体験をするなんて、後が怖いな。


「災難に襲われている国って? シンディはそこの出身なのか?」


「ええ。ファミリア国と呼ばれる連合体です。伝え遅れましたが、私はファミリア国の第二王妃という立場にあります」


そう云って、会釈して、この年齢なのにもう一国を統べる王妃であるというシンディはにっこりと柔和な笑顔をつくった。

 流れはだいたい分かった。ここはまあ大勢の人々のために、使命を果たさなきゃいけないんだろうな。




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