灰と青春の市松模様③



 月乃があっけなく九泉よみに旅立ってからこっち数年、俺は一切の目的や希望をなくし、努力も何もかもげ出してひたすら自堕落な日々を送った。

高校にはかろうじて入れたけど、出席日数が足りなかったせいでつまらない地元の高校にしか入れなかったし、いまさらそこで強固な友人関係を築く気にもさらになれない。

今生での営みはすべて無意味だからだ。セラミック瓦を並べてマイホームを争っている大企業勤めのサラリーマンたちも、そこから濁った目をして登校する欲望に満ち満ちた思春期の生徒諸君も、

それからもちろん今この瞬間に起こっているかも知れないありとあらゆる世界中の紛争、汚職やエージェンシースラック、飢饉や公害、人々の憎悪が惹き起こすネット炎上、今朝起こったびっくり驚天ニュースとそこへ飛びつくバズフィードにいたるまで、自分にとっては何の意味ごともたないに等しいからだ。

偉人の言葉をりれば、われ、「終に(社会的な)死を決するに至る」だった。





「あ、あの……」


 シンディは少しかんばせを赤らめて目を逸らした。しまった、初対面の相手のことを見つめたまましばらく放心していたぞ。

 |其爾(それに)、こんなに気安く肩に触ってしまったけれど、もしかしたらさぞ高貴な御身分であるのかもしれない。いや多分、きっとそうなのだ。

彼女からはそんな気品と気位と物腰の柔らかさが感じられる。生来の、特有の、あの何とも言えない魂から醸造されるような尊さと奥ゆかしさは、

まるでナボコフの小説に出てくるホテル暮らしの没落したロシア貴族みたいな、そんなイメージと重ねるのがぴったりだ。


「あ、ごめん」


俺はシンディと名乗ったその乙女子おとめご一先ひとまず距離を取った。


「いえ、大丈夫ですよ。びっくりしましたけれど。えっと、これが気になりますか? これはある大切な方からいただいたネックレスです」


シンディは煙たがることもなく、敵愾心のないふわりと素敵な笑顔でそう打ち明けた。


「え…?」


俺はとても困惑した。じゃ、やっぱり月乃の? ていうかその前に、この白い空間はなんだろう?


「心の準備がよろしければ、さあ、チェンジリングの中へ入ってみてください」


そうやって恭しく薦めてくる次第。いましがた“チェンジリング”と呼ばれたサークルは半径一メートルくらいの青色の魔法陣で、若くして治療施設サナトリウムにぶち込まれた強迫症患者の鬱積した派手な心像シンボルみたいな紋様が延々とえがかれている。

しましく思案してから、俺は円のど真ん中に仁王立ちした。


「これでいいか?」


「はい。それでは私たちの住む世界フォークへとご案内いたします」


シンディの言葉にしたがうままに、俺はどこか別の亜空間へワープしていくようだった。幼少のときつかまされた名もない3文ファンタジー小説よろしく、俺は異世界へと転生、あるいは召喚されたのだ。

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