トンネルに住む
「はい、ぱりぱりモヤシ一キロ」
「おいくら?」
「400円になります」
「高くなったのね」
「最近は移住者が増えましたのでね。その分食糧供給が追いつかなくなるわけで。でも、自治会のほうで増産が予定されていますから。そうしたら値段もまた落ち着くと思います」
「本当にそうして欲しいわあ」
お母さんと八百屋のおじさんとの話が長く続きそうなので、僕はその場からこっそり抜け出し、お隣の駄菓子屋へ行きました。
「あら、たけちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは、おばあちゃん。チョコレートひとつください」
「あいよ。お代は持ってるかい?」
「持ってないけど、お母さんが隣のお店にいるよ。おじさんとのお話が終わったら、僕を探してここに来ると思うんだ」
「そうかい。じゃあお母さんから払ってもらおうかね。はい、どうぞ」
僕は銀紙に包んだチョコレートをおばあちゃんから貰うと、奥にある四畳の座敷に向かいました。
そこには色んな絵本が置いてあって、いつでも自由に読めるのです。
僕はお気に入りの絵本を手にして、読み始めました。
それは、空飛ぶ乗り物の本です。
ジェット機、プロペラ機、ヘリコプターやグライダー、気球、飛行船……。
僕が一番好きなのはジャンボジェットです。
うんと小さいとき、乗ったことがあります。窓から青い空と、どこまでも続く雲の海が見えました。離陸するときと着陸するときは、耳がきーんとなりました。
でもお母さんやお父さんは、そのときのことを忘れているみたいです。僕がこうだったよって言っても、そうだったかしら、そうだったかねえって言うんだもの。
僕がこの話をすると、友達のともすけは、大人は新しい環境にすぐ慣れちゃうから仕方ないよって言いました。
なんとも困ったことです。
覚えておいたほうがいいと思うんだけど。
このトンネルからいつ出られるか分からない――もしかしたら一生出られないのかも知れないのに、頭の中へ空を思い描くことも出来なくなったら、すごく寂しいと思うから。
……僕とお父さん、お母さんがこのトンネルへ入ったのは確か、夏休みの最後の日だったと思います。
入ったトンネルはいつまでも終わりませんでした。ガソリンがなくなってしまっても、まだ出口が見えませんでした。
ガソリンスタンドもないのでどうにもなりません。
車から降りて、しばらく歩いていきまいた。
すると家や店が見えてきました。聞けば、僕たちと同じように出られなくなった人たちとの頃です。
同じ境遇のひとたちがいて、大変心強いことでしたが、でも、やっぱり出口はありませんでした。
仕方ないので僕達は、その町の住人になりました。
駄菓子屋のおばあちゃんに聞いたところによると、この町の他にもトンネルの中にはたくさん町があって、全部繋がっているそうです。
でも、どのトンネルも、外に出る道だけはないそうです。
なんでそんなことになるのか、不思議です。トンネルには絶対始まりと終わりがあって、入り口と出口があるはずなんですから。
でもおばあちゃんは、不思議ではないよと言い張ります。入り口と出口がうっかりどこかへ行っちゃうことも、あるんでないかねえ。なんて、よく分からないことを力説します。
「たけちゃん、たけちゃん。またこんなところに。すみませんねえ、ご迷惑をおかけして」
お母さんの話がやっと終わったようです。
「いえいえ、いいんですよ。御ひいきにしてもらってありがたいくらいです」
「そうですか。すみませんねえ。あの子、なにを買いました?」
「チョコレートを、ひとつですよ」
僕はふと思いつきました。トンネルを上に向かって掘っていったら、いつか地上に出られるんじゃないかなあと。
そのことをおばあちゃんに言おうと思いましたけど、その前にお母さんがお金を払い終わったので、またの機会にすることにしました。
僕はお母さんと手を繋いで帰ります。
今晩はきっと、ううん絶対モヤシ鍋です。
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