ロンリーゾンビプラネット
さあ、今夜もぶっぱなそうぜナイスガイ。
呟いて俺はキーを回す。
我が相棒エノラ・ゲイがお目覚めだ。ぶるるんと胴を震わせ排気筒から黒い煙を吐き始める。
頼もしき愛しのオールド・トラック。鋼のじいさん牛。
アクセルを踏み込めばほんのちょっとの間を置いて、突っ走り始める。ビルの陰からわいてくるゾンビ、マンホールの中からわいてくるゾンビ、、アスファルトを突き破ってわいてくるゾンビを、次々車輪の下に流しこみながら。
痛みが激しいのからそうでないものまで目の玉を黄色にし歯を剥きだし、こちらに襲い掛かってくる。
追いすがって窓に手をかける奴の顔面目掛けてショットガン。
かくして首から上はスイカのように弾ける――いや、トマトか。待てよ風船かもしれないな。フェスティバルなんかでよく使われる、紙吹雪入りの風船。弾けるとき『ぽん』という馬鹿馬鹿しい音がするもんな。
次から次へと窓に顔が現れる。
あんたはもしかしてご近所のショーン爺さんかね。いつもポーチでパイプを吸っていた。もう今じゃそれが出来そうにないね何しろ顎がないから。
BANG。
やあ、親父、お袋。相変わらず揃って元気そうだな。俺も元気だよ。
BANG。
あれ、キャロラインじゃないか。グラマースクールじゃあダントツの花形だった。あんたのオッパイにクラスの男は総じて股間を熱くしたもんだ。もちろん俺も。だけど残念自慢のオッパイがもげちまっているなあ。どうかね整形手術を受けてみちゃあ。
BANG。
今度はなんだい。
おおニックか。
お前は実にいい友達だった。
ガキのころから二人して馬鹿をやらかしたもんだ。一番傑作だったのはロースクールの時、特製爆竹作って校舎の便所に仕掛けたときだな。
便器の蓋が爆撃受けたみたいに吹き飛んで、便器の中から水が噴水みてえに吹き上がってさあ。俺もお前も笑い死にしそうになったっけ。後で親父達からしこたまぶん殴られたけど、楽しかったなあ。
BANG。
ほう、お前も来たのかサンドラ。俺が人生のうちで関わった女でお前ほど手に負えない奴はいなかったよ。お前に引きずり回された二年間、俺がどれだけ金を吐き出したことか。全く高い授業料だったさ。
だけどお前を恨んじゃいないよ。お前はいい女だからな。額に垂れ流している脳みそ拭いたほうがいいぜ。美人なのに勿体無い。
BANG。
お次は誰だお次は誰だ。
全く顔見知りからお知り合いから見ず知らずまで続々出てきやがるぜ。
皆何がそんなに気に入らないんだ、よってたかって噛み付きやがって。
俺が生きていることに嫉妬してるのか。ゾンビ・クラブに入れってか。
ごめんだね。俺は神様が許してくれるまで生きるんだ。
そんなにせかさなくたっていいだろ、いつかはそっちに行くことになるんだからさ、勝手にやらせてくれよ頼むから。
瓦礫に鉄骨の花咲き引き千切れし星条旗虚ろなる窓窓にはためき月は天にましまし世は全てこともなし。
こともなし。
おいおいどうした皆距離が開き始めたぜ。
早くもグロッキーか。こんなおんぼろトラックに追いつけないなんてなあ。
仕方ねえなあエノラ・ゲイ、スピードを落としてやれ。皆さんあんまり土に埋まってたもんだから足腰が弱ってるんだとさ。
おお、ジム。
そうだ、頑張れ。こっちに来いとうちゃんはここにいるぞ。お前のはいはいは早いなあ。とうちゃんびっくりだ。
おーいメアリー。どこに行く。そっちじゃない、こっちだこっちだ。お前はどうも注意力散漫で困るなあ。
それでサラ、サラ、お前、子供たちより断然遅いじゃないか。運動不足じゃないのか。結婚した当初より目方が大分増えたとはいえ情けないぞ。
……まあ目方が増えたのは俺もだけどな。
お互い若い日は遠くなりけりだなあ。そうじゃないか女房殿。
おお、明るくなる。日が昇る。昇ってしまう。
待ってくれ、くそったれ。
もう少しの間だけ待ってくれよ俺の家族が俺に追いつけるまで。
駄目か。そうか。そうだろうともよ。
ああ、皆が崩れていく溶けていく土に飲み込まれていく。
いつもこうだ。
一緒にいられるのは夜の間だけだ。
昼間には何もない。誰もいない。俺一人。
俺は最後のアメリカ人。いや、もしかしたら最後の生者。星は空っぽで俺は一人、一人ぼっち。
どうしてこうなったのかさっぱりわけが分からない。
だけど、また夜になったら、皆が出てきてくれるのは確か。
待つだけの時間はひどく退屈。エノラ・ゲイの腹の中で寝るしかない。
夕方になったらそのあたりのドラッグストアをあさって、酒を求めるとしよう。さっき通り過ぎてきた場所にあったガンショップから新しい銃と弾薬を補充しよう。
おお、神様。田舎のデブの中年親父に向かってなんてひでえ試練をお与えになりやがるんですか。これには何の意味があるんでございますか。
神様どうか、どうか、お答えくださいませ。お答えくださいませ。
夢の中ででもいいから。
アーメン。
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