猫乃怪異





 今は昔西国のさる地に名の高き豪傑ありけり。

 力の強きことかの坂田金時に例えられたり。心根は酒呑童子に例えられたり。

 在所の者どもに金を用立てさせ酒に女に博打に気ままに過ごしおりたり。

 今に至るまで数々伝えられし逸話以下のごとし。


 赤子の頭ほどの石を手で揉み粉にする。

 暴れ牛の首を片手でひねり折る。

 百貫の岩を三町より向こうへ投げ飛ばす。


 いずれも常人のなせる業では無かりけり。

 剛力を伝え聞きしあまたの大名競って彼を召し抱えんとすれども、豪傑呵々大笑し相手せず。我を召し抱えんと欲すれば一国を禄として与うべし、我望むなら直ちに百石でも切り取ってみせんと放言。己の力をいたずらに誇り増上慢留まるところを知らず。

 世人かの者を憎体に思えども如何ともしがたし。その力を恐るることはなはだし。

 ある日豪傑悪所へ通いし帰り、酔うて足元おぼつかなく田に転げたり。

 その時笑い声が聞こえたり。

 豪傑気色ばみ声のした方を見れば猫がおりたり。猫が笑いたり。

 これはあやしの物と思いて豪傑、直ちに猫を捕まえ踏み殺したり。

 猫はぎぎゃあと鳴いてこと切れたり。

 このことを聞きし豪傑の家に出入りせし僧、不吉と思いて供養するよう勧めたり。

 しかし豪傑はいっこう気にせずにおりし。供養せじ。

 けれども数日後、閨での睦言のさなか、妻が突然その声を上げたり。

 ぎぎゃあ。

 豪傑驚き、思わず妻をつき飛ばしたり。

 女は柱に頭をぶつけ、哀れそのままこと切れたり。

 我に返りし豪傑はこのことが露見するを恐れたり。なぜなれば妻はその地を治めし大名の娘なり。豪傑をなんとしても召し抱えんと願う父の命を受け豪傑に嫁ぎしなり。

 豪傑は女の体を八つに引き裂き井戸へ投げ込たり。

 その後数日何事もなく過ぎけれども、ある朝豪傑は、しゃっくりが出たり。しゃっくりの音は、猫の声なり。

 ぎぎゃあ。

 豪傑はしゃっくりを止めようとしたれども、止まらざりき。

 ぎぎゃあ。

 ぎぎゃあ。

 ぎぎゃあ。

 豪傑は我を失いたり。畳を蹴立て庭に飛び降りたり。

 されば井戸から妻、現れし。裂いた数と同じ八人に増え、楽し気に踊り、あの声を上げるものなり。

 ぎぎゃあ。

 ぎぎゃあ。

 ぎぎゃあ。

 豪傑はわっと叫んで逃げたり。

 たちまちのうち妻たちを引き離せども、しゃっくりは止まらざりき。

 ぎぎゃあ。

 ぎぎゃあ。

 ぎぎゃあ。

 豪傑はおのが喉絞めたり。しゃっくりを抑えんとすればなり。

 かくてその首をへし折り、絶命したり。

 倒れし場所は、ちょうど猫を踏み殺せし場所なり。

 余人この話を聞きさては祟りなりと恐れ、その地に猫塚を立てたり。

 さてそれから幾世も経てかつての村々はおおいに栄えし町となりたり。

 猫塚は変わらずありけり。

 一人の男そこを訪れこの由来を聞き、さても子供騙しな話よと笑いおりたり。罰当たりにも猫塚に吸殻を捨てたり。

 さて男その家に帰りたり。

 妻彼を迎えて一言。


「ぎぎゃあ」






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