あり と かまきり
わたしのいちばんふるいきおくは、くらくておおきいへやからはじまります。
そこにはわたしのきょうだいたちがたくさんいました。
わたしたちがおなかをすかせてなくと、すぐおおきなきょうだいたちが、たべものをたべさせてくれました。
おおきなきょうだいたちはわたしたちとちがって、くろくつやつやしたからだとながいてあしをもっている――わたしはそれがふしぎでしかたありませんでした。だから、おおきなきょうだいたちにききました。どうしてわたしたちはあなたたちとすがたがちがうのですか、と。
するとおおきなきょうだいたちは、わらっていいました。ちいさなときはわたしたちも、あなたとおなじすがたをしていたのです。もうじきあなたも、すこしながくねむりたくなる。それがおわると、わたしたちとおなじすがたになれますよ、と。
ほんとうかなあ? とわたしはそのときおもいましたが、ほんとうでした。それからすうじつごわたしは、ねむくてたまらなくなりました。
そのあとなにがあったのか。
ふときづくとからだのまわりをうすいまくがおおっていました。
なんだろうとおもってわたしは、そのまくをおしました――そこできづいたのです。わたしがおおきなきょうだいたちとおなじように、ながいてあしをもっていることを。
まくがやぶれ、おおきなきょうだいたちのかおがみえました。わたしとおなじすがたになった、きょうだいたちのかおも。
おおきなきょうだいたちはいいました。
おめでとう、きょうからあなたたちもいちにんまえ。さあ、じょおうさまのところへいって、きんむぶしょをきめてもらいましょう。そして、いっしょにはたらきましょう。
はじめてみるじょおうさまはとてもきれいでおおきなかたでした。
でも、つかれているようでした。じっさいつかれていたのかもしれません。まいにちまいにちかぞえきれないほど、わたしのきょうだいたちを、おうみなされていますから。
じょおうさまはわたしをけだるそうにみて、ひとこと、あなたはしょくりょうちょうたつぶしょにはいるのがよさそうね、といいました。
わたしがしょうがいのうち、じょおうさまにかけてもらったことばは、それだけです。
わたしはしょくりょうちょうたつがかりとして、はたらきはじめました。
そのことは、とてもこううんだったとおもいます。だって、そとではたらくのは、とてもたのしいのですもの。
もちろん、きけんなことはいっぱいあります。わたしたちをたべるいきものは、そのあたりにうようよしていますし、ほかのおうこくのものとはちあわせしてあらそいになることもありますし、きゅうなごううにながされることもありますし。
でも、それでも、みどりのくさをつたってたかくのぼること、かんかんひにてらされたじめんをあるくこと、みつけたたべものをすにもちかえること――すべてがたのしくて、たのしくて。
そのときわたしは、くもにおわれていました。いっしょにいたなかまはみな、たべられてしまいました。
どんなににげてくもは、わたしをおいかけてきます。
もうだめだ、とわたしはしをかくごしました。
そのとき、かのじょがわたしのあたまのうえをとおりこし、くもにおそいかかったのです。
かのじょはするどいかまでくもをつかまえ、よこはらからすこしずつ、じょうひんにかじりはじめました。
くもはひめいをあげつづけましたが、おなかをすっかりたべられたところで、しずかになりました。
くさかげでふるえながらみているわたしに、かのじょは、くすりとわらっていいました。
「おまえはたべないからあんしんしろ。わたしにはちいさすぎる。」
それからたべのこしをあしをすうほん、ぽいとじめんになげすて、とんでいきました。
わたしはもてるだけのあしをもって、すにかえりました。むねをどきどきさせながら。
かのじょはきれいで、おおきかった。
じょおうさまよりじょおうのようだった。
わたしは、しょくりょうちょうたつにいくたび、なんとなくかのじょのすがたをさがすようになりました。
かのじょはわたしにはとどかないたかいところで、きもちよさそうにかぜにふかれていました。たまに、そらをとびました。
そのすがたをみるとわたしは、しあわせなきもちになれました。かのじょとおなじすがたになって、そらをとんでみたいなあ、なんてかなわぬことをかんがえたりしたものです。
なにかのひょうしに、はねがはえたりしてこないだろうかもおもいました。じょおうさまはむかし、はねをもっていたとききましたから。
でも、そんなことはおこりませんでした。
わたしの、いいえ、わたしたちのときはいかにもみじかい。
あたたかでここちいいきせつはまたたくまにすぎました。
そらのいろがあせ、じめんもすこしづつひえてくるころ、わたしは、かのじょをみかけました。
かのじょはあかくそまったはっぱのかげで、おなじなかまのおすとむつみあっていました。
おすには、あたまがありませんでした。かのじょがひきちぎってたべていたのです。
ああ、かんきにふるえるかのじょのすがたの、なんとこうごうしかったこと。
わたしはおすがうらやましく、かつ、にくらしかった。 どうしてそんなきもちになったのかは、ぜんぜんわかりませんけど。
それからしばらくたったころ、わたしはまたかのじょをみました。
おおきなおなかをしたかのじょは、きのえだのさきで、とりとたたかっていました。
とりはくちばしでかのじょをあたまからついばもうとします。
かたうでがくいちぎられました。
かためがつぶされました。
わたしはかのじょからとおくはなれたじべたで、まけるな、まけるなとさけんでいました。ああ、どうしてわたしはこんなにちっぽけで、なにもできないのだろうと、じぶんじしんをのろいながら。
かためをうしないかたうでをくいちぎられてなお、かのじょはゆうかんでした。のこったうでで、とりのやわらかなめをつきました。
とりはさけびごえをあげ、にげていきます。
わたしはうれしくて、なんどもばんざいしました。
そのこえがかのじょにきこえたかどうかはわかりません。でもわたしのめには、かのじょもばんざいをしてくれたようにみえました。かたうでをあげて――。
すうじつごわたしは、かのじょをみました。
かのじょはすっかりやせていました。ふかふかしたくさのほのさきにかろうじてつかまり、かぜにゆられていました。
たまごをどこかにうんだのです。
かのじょは、たまごをうんだらしんでしまう。そのことをわたしはしっていました。わたしじしんも、もうすぐしんでしまうことも。ふゆをこせるのはじょおうさまだけです。
かのじょはずっとそらをみていました。これからとんでいこうとしているかのように。
つぶされていないほうのひとみは、これまでみたどのときよりも、うつくしいみどりいろをしていました。
ふっとかぜがふきました。
かのじょはくさのほからはなれました。かれはのようにひらひらおちてきました。
わたしはそれにかけより、かのじょにちいさくささやきました。
あなたのことが、すきです。
それからかのじょのにくをかみました。
かのじょのにくは、なみだがこぼれるほど、あまいあじがしました。
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