手のひらに納まる長さのお話
ニラ畑
溢れ来る緑
最近はどこもそんなものだと思うが、その市の駅前も随分前から、シャッター通りになっていた。まともに営業を続けているのは不動産屋、保険屋、学習塾くらい。たまにツボ療法やら電気マッサージやらいう看板を掲げた業者が、前触れなく空き店舗を占拠し年寄りを集めて、また前触れなくどこかへ去っていく。
昔の賑わいを知っている年代の人々はその有様を憂えているが、それより後の年代の人々は特にどうとも思わない。特に子供は全然思わない。生まれたときからこんな感じだったのだから。
子供達はシャッターが閉じた店の前に固まって、囁きあう。
「昨日より増えてるよね」
「うん、増えてる」
彼らが見ているのは、シャッターの下から萌え出ている草だ。ピンクや白のかわいい花を咲かせている。
これが生えていることに彼らが気づいたのは、一週間ほど前。誰かが『あそこに花咲いてない?』と言ってから。
そこからなんとなく皆、塾の行きかえりにそれがあることを確認するようになった。近所の人が抜いてしまうかもしれないと思いながら。
幸い、少なくともこの一週間、そういうことはなかった。
草は日一日ごとより多くの葉を生い茂らせ、花を咲かせている。
学習塾の先生は、ここのところ子供達の様子がおかしいのに気づいた。皆ひそひそ話に夢中で授業に集中していない。
もうすぐ本格的に中学受験の準備を始めなければならないというのに、
これではいけない。
そう思って先生は子供たちに、それとなく探りを入れた。
そして彼らが、とある店の前に生えてきた草を気にしているとつき止めた。
「なんか、毎日陣地が広がってるんだ」
「最初シャッターの下あたりにちょろっと生えてるだけだったけど、今はシャッターの前側全部に、もこもこっとなってるんです」
「お店の中から生えてきてるみたい」
「近くに住んでるひとにきいたら、あそこはもとお花屋さんだったっていうんです。もしかして中に残ってた花が、大繁殖してるのかも」
先生は苦笑した。最近の子供は昔に比べて随分すれてきているが、それでも子供は子供ということか。なんてまあ、おとぎ話みたいなことを考えるのだろう。
(でも、このままではいけないな。清掃サービスにでも頼んで、除草してもらおう。あの子達が、気を散らせることがないようにしないと、これから授業のピッチを上げなければいけないんだから)
善は急げ。ということで先生は、事情が知れた翌日、草刈機を持った清掃員を伴って現場を訪れた。
そして目を見張った。
草は店の前どころか、歩道の半ばまではみ出してきている。アスファルトをもりもり割って。
それだけではない。シャッターの両脇からもはみ出してきている。どうにも収まりきらなかったものが、はみ出してきたみたいに。
清掃員も弱り果てた様子で、こう零す。
「こりゃあすごいですね……なんでこんなになるまで放置していたのやら……応援を呼んでいいですか? 私一人で処理するのはいささか難しそうですので」
「あ、ああ。頼みます」
そうこうしているうちに、今から塾へ行く子供達が通りがかった。
「あ、先生。どうしたの」
「花、とっちゃうの?」
先生は子供達に、早く行くよう促す手振りをして、言った。
「そうだよ。こんなにはびこったら、通行人の迷惑になる。除草しなくちゃいけない」
その間に清掃員は、閉じたシャッターの下に手をやって、押し上げようとしていた。根っこが中から来ているのではないか、と疑ったからだ。
けれどシャッターはなかなか空かなかった。内側から膨らんだようになっていたので。
何度か試してみた挙句彼は、先生に声をかけた。
「すいません、ちょっと手伝っていただけませんか?」
「あ、ああ。分かりました」
先生は腕まくりをして求めに応じた。
二人並んでせえの、と掛け声をかけシャッターを押し上げにかかる。
子供達は総じて立ち去らず、その作業を、名残惜しそうな目で見ている。毎日見ていたあの花、とうとうなくなっちゃうのか、と。
シャッターがきりきり言いながら少しづつ上がりはじめた――と思った途端、一気に全部巻き上がった。巻尺が巻き込まれるみたいに。 明るい光がぱあっと吹き出してきた。
シャッターの向こうには、花咲き乱れる草原が広がっていた。
草原の向こうから風が吹いてくる。緑色の波が起きる。
それに押されるようにして、歩道にはみ出していた草があたり一面、とめどなく広がっていく。津波が地面を覆いつくしていくように。歩道も車道も緑に覆われる。
車の急ブレーキの音、悲鳴があちこちで上がる。
「な、なんだこれは!」
「なに、なんなの!」
先生と清掃員は真っ青になって口も聞けず、へなへなその場に座り込む。 子供達は、目をきらきらさせた。
「わ、すごい!」
「ちょっと、どうなってるのか見てこようよ!」
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、揃って草原へ駆けて行く。
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