第5話 先生は衰弱していて…
仕事帰りにナースステーションから出て他の病棟の小川係長と合流すると、ヒソヒソと聞こえよがしに言うスタッフがいる。
「いつも優しい塚本先生が、なんだかイライラしているよね〜。」
「金魚の糞みたいに一緒にいた彼女は、今度は鞍替えしているしね。」
「何があったのか知らないけれども、私情を挟まれたら困るよね。」
仕事以外は大抵、私は小川係長と一緒にいるからだろうか。
小川係長と一緒にいるのは心地がよい。係長の穏やかさに包まれる。
塚本先生とずっと一緒にいるのは落ち着かなかった。私を試すような事もしてくるし、正直もう疲れた。
私は無意識に涙をながしていた。
「山崎さん大丈夫?僕は気にしていないけれども。」
「いえ、違うんです。塚本先生と一緒にいた頃は、本当に苦しくて…。当時は心地よいと思っていましたが、それはかりそめのものだったのかもしれません。」
小川係長と私は階段で下りた。
その様子を、塚本先生が息を潜めて見ていた。
………………………………………………………
後日、日中に
「塚本先生の体調不良が続いていてね。君が仲が良かったと聞いてお願いしたいんだ。塚本先生の様子を見てあげてくれないか?」
「わかりました。」
小川係長には、
「今日は寄り道してから帰りますね。」
と伝えた。
すぐに察して私に釘を刺した。
「山崎さん、気をつけて。塚本先生は頭の回転が速い人だからね。」
塚本先生に電話をした。すると、すぐに出た。
「一緒にいたころは苦しかった人に何の用?」
思わずゾッとした。小川係長とした会話が聞かれている。でも、どこでどうやって?
「先生が休んでいると聞いて、顔が見たくて。」
「良いよ。おいで。」
口調が優しかった。
以前、先生の家に行って合い鍵を使った。
家に入ると、私は驚いた。
先生は中肉中背だったのが、かなり痩せ細っていた。目の下には大きなクマがあった。
「先生、食事取ってます?それと、眠れています?」
先生は答えなかった。
もしかして、私と一緒にいないからこんな風になったのか?と心が痛んだ。それとも、この考えは思い上がっているのだろうか。
「風邪を引いたのかと思いましたから、ゼリー持ってきました。後は、うどんと卵がありますので…。」
私がスーパーの袋をガサゴソとしていると、先生は私を背後から抱きしめた。
お互いに何も言わなかった。
綺麗に言えば、男女を超えた付き合いをしてきた二人。そして、性的な意味で一線も越えていない。
言葉を交わさなくてもわかりあえるのかもしれない。
仕事の帰り道と私の休日、衰弱した先生を看護していくと、次第に元気になっていった。まだ若いから、回復も早い。
私はまだ知らない。先生がほくそ笑んでいる事を。先生の術中にはまっていることを。
先生が職場復帰した事で、副院長から感謝された。
ボーナスの査定とはまた別だけれども。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます