先生がわからせる話

――ピッ、ピッ、ピッ…


機械の発する音は、ベッドで横たわる生徒が生きている証拠である。

私はこの生徒――久真が手酷くやられ、病院に搬送される所まで『観て』いた。


放任主義とはいえ、限界を感じて来てはいたが事態がここまで深刻ならば話は違う。


「良く頑張りましたね」


薬の影響で眠る生徒の胸に手を置き、そっと言葉をかける。


「君の活躍は観ていましたよ」


久真の活躍があって、まだ大怪我ですんでいるような事態だ。


「格上の相手と、あれだけやった事は誇って良いことです」


防衛術に長け、争いを好まない彼がここまでやられたのだ。


「あとのことは――」


彼の活躍に報いねば、


「――任せなさい」


指導者とは名乗れまい。




■■■


時刻は深夜を過ぎ、静寂が世界を支配している。

その静寂を打ち破るかのように、荒い息遣いと足音が夜の河川敷に響いてきた。

その音の主であろう人影は、公園に駆け込んでくると一目散に公衆トイレの影に身を潜めた。


十分とは言えない照明が照らし出すその人物は所々服が破れ、よく見ると出血もしているようだ。

まだ青年とも少年とも見えるその顔は、恐らく平時であれば多くの装飾品でオシャレに飾られ、とても端正なのかもしれない。しかし、今は緊張と恐怖で染まっている。


「ハァハァハァ...」


息を落ち着かせ、公園の入口を伺うように覗き込む。

しかし、入口から入ってくる人影はないようだ。


「...撒いたか...へへへへっ」


彼は安心感からか、口元が緩み思わず笑い声をこぼした。

そして、壁に体を預けて夜空を仰いぎ、


「ッ――!」


息を飲んだ。


彼の視線の先には、金色をした鳥のようなモノが顔を目掛けて突っ込んでくる光景だった。

間一髪でそれを避けると、ソレは公衆トイレの壁に激突する。少し掠った頬からは、まるで鋭利な刃物で切られたかのような熱を感じるがその血を拭っている暇すらように彼は立ち上がる。


そして、走り出そうとした時に彼はその場で転んでしまう。足元には躓くようなものはなかったのに、彼は前のめりに地面に倒れてしまった。


「ってぇ...」


体を起こそうと、手を地面に着けて力を入れるがまるで起き上がれない。

首を動かそうにも、全身が地面にピタリと着いたまま全く身動きが取れなくなっているのだ。

何が起きたのか理解出来ぬまま、視線で自分の体見てみる。

かろうじて見えたのは、キラリと月明かりを反射する極細の糸のようなものが腕を地面に括り付けるように巻きついている光景だった。


「な...なんだよこれ!」


「「糸だよ」」


彼の言葉に、返事をする声。

機械を通したその声は、男性と女性の声が折混ぜられたような非常に耳障りの悪い声だった。


その人物は彼を背中から踏みつけると、顔の前に写真をパラパラと落としていく。


「「久真 旭」」


また一枚


「「舞鎌 鉤」」


また一枚...


その調子で、目の前に写真が何枚も何枚も落とされ続ける。


「「理解は、出来たか?」」


「...ヒ...ヒヒヒヒッ」


写真を見た彼は、笑い声を上げた。

酷く歪んだその顔には、愉悦と憎悪が入り交じっていた。


「あぁ、わかったよ...なんだてめぇ?保護者か?あ??」


「「...」」


「大体よォ、遊んでただけだしィ...つーか、ガキの遊びに本気になんなよな」


聞くに耐えない笑い声を混じえながら、彼は言葉をつむぎ続ける。


「良いのかよ?こんなことしてよォ...アイツら、戻ったらもっと酷い目に――」


――パンッ


破裂音にも聞こえる音と、激痛が言葉をさえぎった。


「ッ――!」


視線の先には、流動するように蠢く鈍色の鞭のようなものが彼の腕を打ち付ける光景が映っていた。

打ち据えられた腕は、袖の部分が腕の肉ごと抉られたかのようになっていた。


「「成瀬 七とは、随分と親しいようだな」」


唐突にかけられた声、その内容と現状がマッチせず理解出来ずにいると再び破裂音のような打音が背中から響いてくる。


「ッギァア!!」


「「柄にもなく、惚れているなんてことは無いだろうが」」


打音


「「大切なものがあるなら」」


打音


「「心を入れ替えることを」」


打音


「「推奨する」」


その言葉で、何かを察した彼の顔からはサーッと血の気が引いていった。


「て...めぇ!七に...なにを――」


打音は響かず、代わりに強い衝撃が背中に加えられ鞭で打たれた背中から酷い激痛が全身を駆け巡る。

思い切り踏みつけられ、そのまま傷口を踏み躙られているのだ。


「「まだ、理解できないか」 」


彼の口は、返事をすることが出来なかった。

激痛に耐えかねたのか、気絶してしまっている。


「「...脆い」」


声の主は踏みつけていた足を退けると、ベルトについている漆黒のキューブを三つ地面に放り投げた。

それらは地面に落ちると、素早く小さな人型に変形していく。


「「第三工房へ」」


短く命じれば、人型をしたそれらは気絶している青年を運んで行く。

公園の入口を出るところまでそれを見送った声の主が、空を掴むような所作をすると何も無いところから短い杖がその手に握られていた。


「「―――」」


短く何かを唱えると、次の瞬間には姿が消えていた。

事件の現場となった公園に残された傷跡も、キレイさっぱりと無くなっている。


再び夜の公園に静寂が訪れる。



■■■


一番酷くやられた生徒――久真の病室。

様々な機器は片付けられ、ベッドの脇に置かれた椅子に私は座っている。


久真は治療を終え、本日で退院ということとなったが教師として話をしないとならないのと、送迎のために足を運んだのだ。


「久真君、わかりましたね?」


「...はい」


懇々と説教をしてしまったためか、少しだけ気落ちしている久真を見るとどうにもやりきれない気持ちが胸に込み上げてくる。

彼がいなければもっと酷いことになっていたことは明白だが、大っぴらには褒めることが出来ない。


項垂れる久真の頭に、そっと手を添えて声をかける。


「色々言いましたが...頑張りましたね」


そう伝えたのと、スマホが震えたのは同時だった。

久真にすまないと伝え、病室を出て通話可能なラウンジに移動し電話をかけ直す――



■■■



「「起きろ」」


無機質な声でそういうと、声の主は床に転がした青年の腹部を蹴りあげた。


「――ッヴェ!」


蹴られた衝撃で体が床を転がろうとするが、四肢を床に拘束している鎖が大きな音を鳴らしそれを阻む。手首と足首に強い衝撃が加わり、ポタリポタリと血が滴る。


「て...め――」


青年が口を開き、恨み言を言おうとしたが直ぐに鈍色の鞭が打ち据えられた。

声にならない悲鳴をあげ青年は身悶えするが、不条理な鎖はその自由すら与えない。鎖のこすれる音がすると、拘束された手足の出血がいっそう酷くなっている。


「「それでは――」」


青年はブレる視界で必死に声の主を睨みつける。

視線には明確な殺意が込められているが、声の主は気にした素振りもなく再び言葉を紡ぐ。

だが、その言葉を聞き終えることなく、彼の意識は蓋は再び闇へと沈んでいった。



――三日後の深夜



部屋には充満した血の香り、床には凄惨な血溜まりと汚れた鎖が転がっている。


三日の間で青年の衣服はボロボロになり果て、現在は何も纏わぬ姿となっている。高度な治療魔術のおかげか、体には一切の傷跡が無くなっている。

手術台の上で寝かされている青年は、焦点の合わない視線を無気力にさまよわせ四肢は脱力しきっている。


呼吸をするだけの人形のようになってしまった青年は、近づく人影にすら無反応になっている。

そのまま青年の背後に立つと、首筋に何かの薬品を注射すると瞬く間に青年の意識が失われる。


意識を手放した青年の体を、小さな人の形をしたものが運んで行く。

青年が運ばれていくのを見送ると、人影は折りたたみ携帯を取り出し――



■■■



テレビから流れる朝のニュースが行方不明者が発見されたと報じているのを聞きながら、新聞を読みつつ食事を済ませる。

カバンの支度などは全てゴーレムに指示を出し、軽くヘアセットと着替えを行う。

指輪をはめ、靴を履き、ステッキを持つとゴーレムがカバンを抱きかかえながら玄関に現れた。


「はぁ...」


深いため息とともに、時計塔をおりて行く。

部活の生徒たちは全員が学業に復帰できたが、監督責任を問われたアレコレはまだ片付いていない。


変わらぬ日常が、今日も始まる。




END



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いろは学園企画用 てぶくろ @tebukuro_TRPG

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る