第31話 その顛末は


「それで、一体全体何がどうしてオルフェ王子が来ていたんだ?」


 オリヴェイル先生の部屋で、四人で座って話を始める。

 私の隣に座ったジュリアンは、出してもらった水を飲んでから説明してくれた。


「ええと、王子に恋人がいましたよね? 彼女を貴族の養女にして、本格的に自分の新しい婚約者にしようとしていたみたいですが……」


 あのメイド――コーデリアは、貴族令嬢らしい立ち居振る舞いが微妙だった。

 そのため、国王夫妻といる時でも礼儀作法を間違ってしまったり、礼拝の日に王子よりも後に入場してみたり、式典の時にそわそわと落ち着きがなかったりと、ただでさえあまり良くない評判が落ちていったようだ。


 あんなのが王子妃になるの? 誰が養女に迎えるの? と周囲はひそひそと噂を始めた。

 そして養女先の打診をした相手には複数断られた。

 さらには「まだセリナ嬢の方が良かったのでは?」とまで言われたらしい。


「オルフェ王子は挽回するために、セリナの名声を利用しようと考えたみたいですよ」


 それは、セリナへの反感があったからかもしれない。

 気に入らない人間だったセリナの名声なら、奪っても心が痛まないからと……。

 想像して、思わず私は唇をかみしめそうになった。

 それを止めたのは、ジュリアンの言葉だ。


「でも、オルフェ王子は二度とこんなことも起こせないようにしてきました」

「ほう。どのようにですか?」


 メディアの質問に、ジュリアンが応える。


「王子がたまたま記録用の魔法がかかった水晶を持っていましたので、それに白状した時の音声を記録させました。決して記録が消えないよう保護したうえで、王子と国王夫妻の前で披露してきまして、国王夫妻からもセリナと魔術師協会に謝罪を文書で出させることになりましたよ」


 私はオルフェ王子に謝らせたという話に胸がすっとする思いがした。

 オリヴェイル先生が笑い出す。


「まさか脅すとは思わなかったよ! 良かった良かった」

「そうですわね。これで王子も妙なことはしなくなるでしょう」


 メディアも安心したように言う。

 ジュリアンがうなずいた。


「ええ。これで安心できました。……では、帰りましょうか」


 ジュリアンが自然と手を差し伸べてくれる。


「はい」


 そうして私はジュリアンと一緒に家に戻ったのだけど……。

 家に戻る道すがら、森を通り抜ける間は二人きりだ。

 斜陽の中、ジュリアンはずっと私の手を握ったままだった。


(どうしよう、離してもらう理由もないけど、離してもらわないのも恥ずかしいし)


 歩いている途中で草が生えてきたらどうしようかと思ったら、ふいにジュリアンが話しかけてきた。


「セリナ、今日は一人きりにしてしまってすみませんでした」

「あ、いえ。私も不用意に扉を開けてしまって。村の人の姿しか見えなかったので油断して……」


 ジュリアンは首を横に振った。


「どうせ開けなくても、王子と一緒にいたのは騎士たちでしたから、蹴破って侵入していたでしょう。……今度はもう、あなたを危険な目に遭わせません。あなたのことを無理に隠す必要がなくなった分、警護のために人を近くに置いたりと、できるだけのことをします」


「え、そんなことまでしていただくわけには……」

「いいえ、するべきです。なにせあなたは、魔術師協会にとっても功労者ですが、結婚した相手である私とて爵位を持つ人間です。警護の人間を手配することぐらいはできますので」


 そして立ち止まる。

 手をつないだままだった私も一緒に足を止めた。


 ジュリアンは真剣な表情でその場に膝をつくと、握ったままの私の手を少し持ち上げ……甲に口づけた。


「えっ、あっ」


 そんなことまでされるとは思わなかった。

 だから動揺して――とたんに、道の真ん中だというのに、周囲を覆うようにワサワサワサと草が生えて、私の姿を覆い尽くしそうになった。


「喜んでくれたようで、良かったです」


 ジュリアンはそう言って笑ってくれたけど。


(絶対絶対、嬉しくなった瞬間に草を生やさないようにしてみせるんだから!)


 私はそう決意したのだった。

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魔術師に優しくされる結婚生活はじめます 佐槻奏多 @kanata_satuki

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