第30話 突然の来訪

 扉を開けると、知り合いの村人は慌てたように逃げて行った。

 一体何事かと思ったら、扉の陰に隠れるように立っていた人物がいて、家の中に押し入られる。


「えっ、誰!?」


 最初に見えたのは、大柄な男性だ。

 旅装にしては少々立派すぎる布地のマントフードをかぶっていたので、何かおかしいとは思ったが、私の細腕ではどうにもできない。

 とにかくテーブルの向こう側に回って距離を取る。


 そこでようやく、他にも男が二人いることがわかった。

 一人は同じような黒のマントとフードの男。立派そうな剣を持っている……騎士かもしれない?


 そしてもう一人は、忘れもしない人だった。


「こんなところにいたとは……」


 他二人と同じマントを羽織っている、オルフェ王子だ。


「どうしてこんな……」

 

 なぜこんな辺境に来たのか。


(もしかして、気に食わない私が目立っているようだから、直接殺しにでも来たのかしら?)


 思わず武器になりそうなものはないかと、テーブルや暖炉に視線を向けていると、テーブルをはさんで向かい側に


「お前に命ずる。実はコーデリアが薬草を育てたのだ、と世間に向かって言え」

「……は?」


 なんだかよくわからない言葉がやってきた。

 コーデリア? たしかあの、王子の恋人だったメイドの名前だったような?

 首をかしげてしまうと、オルフェ王子がイラっとした表情になる。


「俺のために働くのが民の役目だ。こんなところに来て魔術師になったというなら、もうお前は平民だろう。なあ、王子の俺のために行動するのが義務だ」


 当然のように言った後、オルフェ王子は付け加える。


「しかしお前にも少しは役に立つ要素があったな。これから王子妃になるだろうコーデリアのためになるのなら、お前が生きて来た意味もあるというものだ。おい、あれを出せ」


 オルフェ王子が指示すると、おつきの人間だったらしい二人のうち一人が、小さな水晶玉のようなものを取り出し、王子に渡した。


「これはお前の声を記録できる。お前の証言を記録して、王宮で披露してやるから、早く指示通りにしろ」


 そんなことを言われたが、私はあまりのことに呆然とするしかない。

 すると焦れたように、オルフェ王子がおつきの人間に指示した。


「少し痛い目を見た方がいいようだな。……少ししつけてやれ」


 一人が私の方へテーブルを回り込んで来ようとする。

 逃げようとした。

 だけどどこに逃げたらいいかわからない。

 とっさに火かき棒を手にとったけど、それくらいで相手はひるまなかった。


 もうだめだ、そう思った時だった。


「そこまでです」


 ジュリアンの声がした。

 彼は扉を開けて中に入ってきた。


「は、早くその女を捕まえろ!」


 オルフェ王子が命令したが、おつきの人間二人は、その時には全く動けなくなっていた。


「……! なんで……!?」


 それどころかオルフェ王子も動けないようだ。


「魔法ですよ。私は魔術師ですからね。そしてそんな私の妻に暴力をふるおうとしたようですが……覚悟はできておりますよね?」


 ジュリアンは微笑み、私に目を閉じて後ろを向いているように言った。

 その通りにすると、他に物音は聞こえないのに、オルフェ王子達の悲鳴やうめき声だけが聞こえてくる。


 やがて静かになったところで、ジュリアンが側に来て肩に触れた。


「大丈夫でしたか?」

「はい、ありがとうございます。あの人たちは……」

 

 振り返った私の視界には、もうオルフェ王子達の姿は見えなかった。

 ジュリアンは微笑んで「目ざわりなので、家の外に放り出してあります」と答えた。


「彼らの始末をつけておきます。その間心配ですので、一度砦へ移動していてください。魔法で送ります」


 そうして私は瞬時に砦へと転移させられた。


 わけがわからないものの、ジュリアンが砦の方が安全だと思った結果だろうと理解した私は、ひとまずオリヴェイル先生や部屋にいたメディアに事情を話した。

 そうして心配してくれた二人と一緒に、オリヴェイル先生の部屋で待機していたのだけど。


 ジュリアンは少し戻るまで時間がかかった。

 昼の事件だったのだが、彼が砦へ戻ったのは夕方だ。

 大変だっただろうに、それでも彼はさわやかな笑顔を浮かべていたので、色々と問題は解決したのだと思うけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る