第29話 薬草栽培をした結果

 しかしその後、私の薬草栽培は、たった一か月で一時中断されていた。

 病の流行が収まってきた後だったのが救いだ。

 そして中断理由は、私のことを嗅ぎまわる人がいたからだ。


 例の、バイアという名前の中年女性魔術師だ。

 くるくるとした赤髪のバイアは、ソーンツェ草のことをひととおり調べ、やっぱり誰にも増やせない草だとわかると、育てた人間を探し始めた。

 おそらくはバイアの実家のために、薬草を育ててもらうなどしてもらおうと、私を探して懐柔しようとしていたんだろう。

 

 これは想定していたので、ジュリアンと一緒に、バイアがいない時だけ砦に行くことを徹底したので、大丈夫だったのだが。


 薬草園にもバイアは目をつけたのだ。

 最初に気づいたのは、薬草園に収穫に来ていた魔術師協会の人だ。

 なぜかバイアがやってきて、手伝おうかと声をかけたらしい。

 当然断ったそうだが、薬草園のこと、砦から離れていない場所で希少な薬草を育てていたことから、ソーンツェ草を育てた人間が近くにいるらしいと確信を持ったようだ。


 ジュリアンやオリヴェイル先生は、話を聞いて私が薬草を育てるのを中断させたのだが……。

 バイアは金銭関係で、魔術師協会内部に手先のような魔術師を作っていたらしい。

 その人物は、関係者に接触するのではなく、別の方法で私の存在にたどり着いた。


 荷物を運ぶという名目で砦までやってきた後、村の中を探したのだ。

 今は竜のことがあるから、村の家は手放した、ということになっていた。

 おかげで村に魔術師が来る用事がなくなり、私は安心して暮らしていたのだけど。

 私を見かけたその魔術師は、魔法と私を結び付けたようだ。


 たとえ、砦に来る魔術師に、ここで見たことを口外しないようにと魔法をかけていても、様々な表現を封じることはできなかった。


 バイアには、すぐには伝わらなかったらしい。

 直接私の名前を出すのは魔法で不可能になっていたので、上手く伝えられなかったようだ。

 それでも、とにかく名前を知ってる人が多い人物で、女性で、貴族だということが伝わった結果……バイアは、私の話を広めることにしたようだ。


 こっそり偵察していた弟子のミージュによると、「みんなに推測でその人にたどり着いてもらって、表舞台に出ざるを得ない状態にしたいみたいです。魔術師協会が隠していたことをバイア先生が糾弾し、バイア先生はソーンツェ草を増やした希少な魔術師が困っているところを助け、恩を売る計画を立てているようですが……」


 かなりずさんな計画だし、上手くいくとは思えない。

 しかしバイアは突っ走ってしまうタイプのようで、そのまま駆け抜けた。


 バイアと関係のあった魔術師は、酒の席の話で、迂遠な表現で私のことを人に打ち明けることにしたようだ。

 私のことだとはっきり言えないので苦労したようだが、何人もにしゃべった結果、しばらくして私の名前が出たようで、その魔術師はうなずいて肯定したそうだ。


 ただ、それを聞いたのが司祭だった。


 教会は、あの薬草にたいそう感謝していたらしい。

 そして話が伝わったのは、薬草によって人々が救われようとしていた頃だったこともあり、教会はこのまま私を旗頭にできないかともくろんだ。


 結果、まずは薬草をもたらしたのは神の使いという話を広めはじめ……。

 その神の使いの容姿として、私そっくりな外見を語り、名前をはっきり出さなかったようだ。

 もちろん魔術師協会の手柄にしたくないので、魔術師になったかもしれないなんて口にもしなかった。


 そうして二週間もすると、王都にまで元貴族令嬢が病に効く薬草を育てる神の手を持っていたとか、おかげで紛争が止まったという話や、聖女のような人だといううわさが届く。

 と同時に、司祭が容姿を広めていたので、王都で噂を聞いた貴族から平民までが、もしかしてそれはセリナでは? と口にするようになったらしい。


 魔術師協会はその間手をこまねいていたわけではなかった。


 ただ教会側の噂話は、私にとって有利に働くだろうという計算があったらしい。

 聖女として名高くなれば、教会が私の背後につくことになる。

 その時にしっかりと魔術師協会が保護していると釘をさすことができれば、双方の団体がセリナを保護していると周囲に知れ渡り、たとえ王家でも手を出せなくなるのだ。


「しかも今回のことを理由に、秘密を漏らす原因になった魔術師バイアは、別の辺境地にある魔術師協会で一生写本を続ける罰を受けることになりました。彼女のことも心配いらなくなったので、砦にも出入りしても大丈夫ですよ」


 という説明を受けた私は、あれよあれよという展開に苦笑いしながらうなずいた。


 その後、噂が広まっているとしても、好意的なものなので、多少髪の色だけかくしておけばいいだろうと、私の行動はあまり制限されていなかった。


 砦にも普通に出入りを再開した。

 ソーンツェ草の研究のために他の魔術師達も出入りしていたし、マドリガル老もジュリアもそのまま居続けている。

 

 初めて会う魔術師達は、少しだけ私のことを物珍しそうに見るが、ジュリアたちと仲良くしている様子を見て、納得したように仕事へ戻っていく。

 そんな姿に、私は改めて「状況が変わったんだ」と確信が持てる気がした。


 だから私も油断しきっていたのだと思う。

 一人でいる時に、訪問者が来ても開けないようにと言われていた。

 だけど窓から見えたのが、村の顔見知りの人だったので、いるとわかっているのに開けないのもおかしいと思われると考えてしまったのだ。

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