第27話 私の魔法が役立つかもしれない!

 心の中で、祝福の鐘が鳴り響く。

 ようやく私にも、普通に役立てる特技ができた!


「嬉しいです! 早速これ、増やしてもいいですか!?」


 いっぱいにしたら、薬を必要とする人が喜んでくれるかもしれない。

 そしたら……。


「悪口ばかり言われることもなくなるかしら?」


 つぶやいた瞬間だった。

 横にいたジュリアンが、急に抱きしめてくる。

 腕の中に閉じ込められて、ジュリアンの胸に頬が触れる。

 緊張と恥ずかしさが沸き起こりそうだったが、彼の言葉で少し冷静になる。


「すみません。あまりにもセリナ、あなたが可哀想すぎて。なぜもっと早く助けてあげられなかったのかと思ってしまったら、こうせずにはいられなくなりました」


 落ち込んだようなジュリアンの声。

 ああ、この人は私が過去に辛い思いをした結果できた心の穴を、今からでも埋められないかと思ったのだろう。


(優しい人だ)


 しみじみと思う。

 些細なところからも、私の気持ちを読み取ってくれるのは、いつでも気遣ってくれているから。

 その気持ちが嬉しい。


 嬉しいと思うと……。

 わさわさわさと音が聞こえてくる。


「ひぃっ!」

「これはまた……」


 ジュリアンが周囲を埋め尽くし、壁のように生えた草をしげしげと見る。


 私は恥ずかしすぎて顔を隠したくなった。

 感情が、だだもれじゃないの!

 これじゃ何も嘘をつけないわ。


 心の中でのたうち回っていると、ふいにジュリアンが何かに気づく。


「一応、花も咲いている草が伸びているようです」

「え!?」


 慌ててジュリアンが指さした方を見る。

 本当だ、白い小花が申し訳程度に咲いているだけだけど、確かに花。


「私、他の花を咲かせる植物も、成長させられたんですね」


「……もしかすると、あれも薬草のたぐいではないでしょうか」


 そう言って、ジュリアンが花が咲いている草を摘んだ。

 私たちは急いで家に戻り、ジュリアンは早速、摘んだ草が何だったのかを本と引き比べて探す。

 私がお湯を沸かし、お茶をいれて持って行って、三口ほど飲んだところで、ジュリアンが顔を上げた。


「わかりました。やはりこれは薬草です」

「え、薬草なんですか?」


 また薬草があったのが確定した。

 私は薬草なら増やせるのだろうか?

 ジュリアンの方は少し考え、また本の説明に目を落とし、再び私を見る。


「少し、試したいことがあります。少し待っていてくださいますか?」


 家を出たジュリアンが、大きな桶の中に土を入れて持ってきた。

 さらに小さな庭に植えていた植物をいくつか、根ごと持ってきて植え付ける。


「これを増やしてみましょう」

「はい」


 とはいえ、自分の意志でできるだろうか。

 私はとりあえず桶の縁に手をついてしゃがみこむ。

 そして何か楽しいことや、嬉しいことを思い出そうとした。それなら、私の魔法が発動するかもしれないから。


 とりあえず、婚約破棄できた瞬間……を思い出したけど、胸糞悪い王子の顔がチラついてだめだった。

 次は一人旅を始めた時のこと。

 あの時は開放感でいっぱいだったのに、今思うと心細さの方を強く感じてしまう。

 とにかく不安だったな。よくがんばったけど、つらかったという気持ちが増えていく。


 どうして?

 昨日までは、確かに楽しい記憶だったはずなのに。


 悩み始めていたら、ふいに桶の縁においていた手に、ジュリアンの手が重なった。


「嫌ですか?」


 手を重ねたことが嫌かと聞かれたのだろう。

 私は首を横に振る。


「嫌じゃありません……。その、気遣ってくださって、ありがとうございます」


 私が悩んで、なかなか薬草を成長させられないから、見かねて手伝おうとしてくれたんだと思う。

 だけどジュリアンは「そうじゃないんですよ」と言う。


「セリナが悩んでいる間、少し、夫婦らしさについて少し考えていまして」

「夫婦らしさですか?」


 私は(え、一体なんの関係が?)と目を丸くしてしまう。


「私たちは普通の結婚をしたわけではありません。が、これから長く夫婦としてやっていくつもりでいます。なら、私は夫としてあなたの補佐をするべきだと思うのです。だから……あなたが困っているなら、私は共同で作業したいと思ったのですが」


 ジュリアンは夫婦としての関わり方として、私と共同作業をするべきではないか、と思ったようだ。

 そしてジュリアンが宣言する。


「あなたを喜ばせることを、しばらく私の仕事の一つにするつもりです。楽しいことや、心地よいことを思い出せるようにしたいのですが、良いか悪いか、これも確かめながらするしかないのですが……。あなたの魔法を引き出すのと同時に、これができると思いついたのです」


 ジュリアンは話の終わりに、重ねた手をぎゅっと握る。

 あたたかい。

 思えば昨日まではこれだけでも心臓が跳ねていた。今はもう、落ち着く感じがする。


(嬉しいと思うけど……)


 さっき、今までのことを思い出した時より、確実に嬉しい気分になったのに、どうしたことか草が伸びてこない。


「これではまだ手ぬるいようですね」


 ジュリアンも、私の慣れを感じてしまったようだ。


「それなら、これではどうでしょうか」


 手を重ねたまま、ジュリアンが私の背後に膝をつき、抱きしめるようにする。

 背中が他人と密着するなんて、ダンスの時にあるぐらいのものだ。

 それなら多少は慣れているはずなのに。


(じゅ、ジュリアンの声が……)


 すぐ頭の上で響くジュリアンの声が、近すぎる気がしてドキドキしてくる。

 とたんに、桶の中の薬草が勢い良くバサバサと音を立てて伸びた。


「ひっ」


 今までにない、勢いの良いまっすぐな伸び方だ。

 驚いてよろけたものの、後ろにジュリアンがいたので受け止めてもらえた。


「あ、すみません」


「いいえ。これも夫の勤めです。それに、これで新しいことがわかりました。セリナの魔法には、大地の力が関係しているのかもしれません」

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