第23話 花畑を作りましょう
「もう、この砦の中全部に茂らせてくれていいから!」
竜に花を与えた後、オリヴェイルに説明をしに行ったら、彼はそう許可を出してくれた。
「正直どれくらい必要なのかわからないから、いくら咲かせてもかまわないんだ。むしろ摘むのに人が必要かな? どう思う、ジュリアン?」
オリヴェイルとしてはなるべく早くに竜を目覚めさせたいのか、ジュリアンにそんな相談をもちかけた。
「通常ならば十年はかかるのですし、ある程度以上は竜も一度に吸収できないでしょう。大量に増やしてもいいですが、目覚めが早くなるとは思えませんよ?」
「そうだよねぇ。……あ!」
オリヴェイルは立ち上がった。
「せっかくだから、増やせるうちに花の研究を他の魔術師にもさせよう! そうしよう! そしたら早くなるかもしれないしね」
オリヴェイルはさっそく手紙を書き始める。すぐどこかに送るつもりなのだろう。
「あ……」
私はとまどった。
研究を他の魔術師がするなら、この砦にも人が出入りすることになる。
(姿を見られる機会も増えるし、私のことを伯父や王家に知らせるかもしれない)
そうなったら、伯父がどんな行動をするか……。
国王だってジュリアンと結婚した私がひっそりと隠れて生きているだけならまだしも、魔術師協会の元で暮らしていることが広まったら何か文句をつけてくるかもしれない。
不安になったけれど、そんな私の手をぎゅっと握られる。
見上げると、ジュリアンが大丈夫だと言うように微笑んでいた。
「魔術師は内部のことを口外しないように決められています。すぐにあなたの存在が知れ渡ることはないと思います」
「でも……」
私は人の口の軽さを知っている。そして信用しきれない。
きっと無意識に私のことを外部の人間に漏らしてしまう魔術師だっているはずだ。
するとジュリアンは意外なことを言い出した。
「ゆくゆくは、あなたが魔術師協会にいることがバレてもいいと思っているのです」
「なぜですか?」
私は誰にも知られたくない。
きっと私について、ありえない噂を流されたりするだろうし、そしてようやく得た居場所を奪われてしまうのはつらい。
(優しくしてくれるから、なおさら……)
もう二度と、こんな風に全てを知ったうえで優しくしてくれるひとはいないのでは? と思うから。
「今こうしてあなたが外の世界に怯えているのも、本来のあなたを知らない人たちが、悪意ある噂を信じてしまっているからです。けれど別の形で広まったり「実は……」と王子の所業が知れ渡れば別でしょう」
「そんなことが可能でしょうか。何のかかわりもない私の方を良く言う義理もないですし。身分制度があるこの国で、国王や王子を悪く言ってまで私をかばってくれる人が増えるとは思えません」
ちょっと私がいいことをしたところで、私の評判は変わらなかった。
それよりは国王や王子に媚びた方が利益が多いから、彼らに気に入られるように悪口に追従し、そのうちに私を本当の悪女だと信じ込む人を沢山見てきたのだ。
「オリヴェイル先生が竜の目覚めを早めたいのは、そんなあなたに大きな後ろ盾を作りたいと思ったからだと思います」
「後ろ盾ですか?」
「竜です。目覚めさせることができれば、あなた個人の大きな成果となります」
竜はこの世界で最強の生き物だ。
何百年もの間生き続け、都市を一吹きの炎で焼き尽くせると聞いている。
そんな竜を目覚めさせたとなれば……。
「ますます私、悪女のように語られそうな気がします。あちこちの都市を気に入らないからと攻撃する悪女と言われそうな……。どこも滅ぼしていないのに、気が付いたら十個ぐらい都市を崩壊させていることになっているのでは?」
そう言うと、ジュリアンが笑う。
「それでも、王子や国王はあなたに手を出せなくなります。その上で、竜がいかに役に立つかわかっていけば、みんなあなたを聖女のように思うでしょう」
「竜が役に立つんですか?」
竜などの幻獣は、畏れられはしても役に立つようには思えない。
「竜がいるというだけで、この国に攻め込もうとする国はいなくなります。今も北西の国が軍備を増強していると聞いていますし、それがこのカナード王国に攻め込むための準備あったとしたら、すぐに止めるでしょう。それほどに竜のいる場所は、誰もが攻撃したくないものですから」
「戦争の抑止ですか」
説明されて、納得した。
けれど眠っている竜では抑止にはならない。
だからオリヴェイル先生は早く竜を目覚めさせたいと思っているのだろう。魔術師協会としても、拠点を置いている国が戦争に巻き込まれるのは本意ではないから。
「わかりました。人の口に戸は建てられませんから、時間を稼いでいる間に後ろ盾を得るのは確実な案だと思います」
ジュリアンは聞き心地のいい夢物語ばかり話すわけではない。だけどそれは、私に対して誠実であろうとしてくれるからでもあり、真剣に未来も平穏に暮らせるように考えてくれている証拠だ。
そんな彼を信じようと私は思った。
ジュリアンは私の返事を聞いて安心した表情になる。
「ご理解いただけてありがとうございます」
「よーし」
そこでオリヴェイル先生が立ち上がる。
手に持っているのは封をした手紙だ。
「転送!」
オリヴェイル先生は部屋の隅にある白大理石の台の上に封筒を置き、光る粉をふりかけて呪文を唱えた。
粉が舞い上がって虹色に輝いたかと思うと、ぱっと手紙が消える。
おそらく人の増員について、魔術師協会に要望の手紙を送ったのだろう。
「さぁ、じゃんじゃん花を増やしてください、セリナ嬢!」
満面の笑みで促され、その日は花をできるだけ作ったのだった。
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